認知症を引き起こすというわけです。

細胞レベルでもそういう入れ替わりが行われているよう

祭りや儀式などの習慣はあるのですが、なぜこれをやるのかと尋ねても、昔からやっているからとの答えが返ってくるだけなのです。
アイヌの人たちにも文字はありません。彼らは獲得した知識を口伝えで継承しなければなりません。そこで記憶力のいい人が選ばれて、それらを頭に叩き込んで子孫に伝承するわけです。そういう人が長老と呼ばれる人なのでしょうインディオもアイヌの人たちも、耕作をしない狩猟民族ですが、文字を必要としないのはそのこととも関係しているようです。農耕生活を成功させるためには、過去の天候や収穫高などの先例に照らし合わせて、つねに工夫を凝らすことが必須です。そのため、それら過去の経験や知識を記録するための文字が必然的に発明されると考えられます。収穫物を蓄えるようになれば、富の格差も生じ、また取引するための貨幣も生み出されるはずです。
認知症の患者さんの多く

文字もなく貨幣もない先住民たちの世界を、ただ単に進歩がない、文明がないと蔑むのはたやすいことでしかし、彼らは貧富の差もなく、心身に負担をかけない、無理のない生活を送っています。疲れると狩猟には行かず、何日間も食べないでいるそうで、お腹が空かないのかと聞くと、「食べなくてもいい。いまは寝るほうが大切だ」と答えるそうです。
楽しければ笑い悲しければ泣き、腹が立てば怒るという具合に感情表現は豊かですが、とか寂しいなどといった、ややこしい概念は存在しません。過去を引きずって後悔したり、ともないのだそうです。過去を気にしないので、だれも自分の年齢を正確に知りません幸せだとか不幸だ未来を思い悩むこ病気といっても、私たちの生活習慣病である血管障害などはほとんどないようです。
もちろん感染症などで幼児死亡率は高いでしょうし、蛇や獣に噛まれたりして早死にする人もいるので、平均寿命は日本人より低いでしょうが、成人に達した人はかなり長生きで、百歳以上ではないかと思われる人もたくさんいるという話で現代人が失ったカンの大切さ南さんと話していて感じたのは、彼らインディオの人たちは、私たち日本人が失ってしまった人間本来のカのよさをいまだにもっていて、大自然のなかでのびのびと生きているということです。

症状をこじらせないための秘訣です。

  • 遺伝的体質がある人
  • 薬を長期に使用して
  • 薬の影響は皆無とはいえ統合失調症の人


うつ病の原因として


免疫力も高くなっているといえます。

お話ししたように文字がないことが、記憶力や感性を磨くうえで大きいのかもしれません。彼らははるか遠くまで見渡す視力を保持していて、裏山で鳴いている動物の種類やそこまでの距離、あるいは、その動物が襲ってくる気配があるかなどにも、とても敏感だというのです。
そうした感性は、もともと人間はみなもっていたのでしょうが、私たち日本人はいつの間にか失ってしまいましたテレビやパソコンを前に座っているだけで、瞬時にして世界中のさまざまな情報を手に入れられる便利さを享受する代わことで知識の共有が可能になりましたが、反面、知識に頼りすぎることの弊害もあります。それでも、自分の体験より過去の知識をありがたがる傾向は強くなっています。自分の目でじかに見て、触れて、感じるといった体験が少なくなりました。
文字ができたいまの医者の多くも、医学の知識にがんじがらめになって、カンを鈍らせる一方です。
治療ではありません。

症状の可能性もあるので注意が必要です。

目の前にある病気を机上で学んだ酉洋医学の領域でしかとらえられないのです。自分のもっている知識から予測できないことはその可能性すら考えようとしません。視野が狭く、活字で学んだことにしがみついているので、「なぜそんなことが起こったのか?」と好奇心をもって、さまざまな角度から複合的に考えたりしないのです。
ですから末期がんの患者さんが、温熱療法やサプリメントでがんが退縮して治ったという実例を聞いてもこれまでの知識の範囲内では理解できないので、それは偶然にすぎないと考えてしまいます。「そんなことはありえない」と怒り出したりするのです。そして、「そんな勝手な治療法を試みる患者はもう診られない」と放り出します。


治療の根本にかかわる問題

認知症の時計描画テスト福祉村病院時代にいつも頭の中にあ

彼らが怒るのは、自分の知識ではわからないことに不安を感じるからです。学校の勉強ができなければ入れない医学部を卒業した彼らは、自分が優秀だと自信過剰になって、自分至上主義、権威主義に陥りやすいのでしょう。しかし、医者は生きた人間、病気で悩んでいる生身の人と相対するのが仕事です。そんな頑固な頭や対応では、人の心に届く医療などできるはずもありません医者も含めて私たちは、人間が本来もっている生きる力、感性を失っているのかもしれません。
だの声を素直に聞いて、本来の生きる力を取り戻さなくてはならないのではないでしょうかもっとから生きるために必要なものは多すぎても少なすぎてもよくない私たち人間が生きていくうえで最低限どうしても必要なものとは何なのでしょうか。酸素、温度、水、塩分このようにあげてみて、おもしろいことに気づいたのですが、人間に必要なこれらのものは共光、重力通して、多すぎても少なすぎても死を招くのです。酸素が少なければもちろん死にます。多すぎると、体内に活性酸素が発生しすぎて組織を壊し、死にいたらしめます。温度が高すぎても低すぎても危険です。これらについては、ちょっと考えてみればおわかりになるでしょう。
それでは、水はどうでしょうか。からだの六0パーセントは水分ですから、水が大切なことはいうまでもぁりません。水分が少ないと、活発に活動して汗をかくと脱水状態になり、血液が濃縮されて脳梗塞などになる危険性があります。
埼玉の看護学科で認知症を引き起こす原因を聞く。


老化だといえよう。

ですからいまは、水分をたくさんとったほうがいいとよくいわれ、大量に水を飲む健康法もあるくらいです。それによって老廃物も尿を通じて外に出されます。いつも水分を多く体内に抱え込むので、それを処理するために腎臓に負担がかかります。
からだに水がたまり、むくみや冷えを起こします。
処理しきしかし、れないと、逆に、あまり水を飲まない健康法もあります。水を飲むと胃液が薄まり、消化酵素や胃の酸度が落ちるので食べたあとは水を飲まないほうがいいというわけです。南方の戦地に行った人たちがマラリアやコレラなどにかからずに生き残れたのは、実際、水を飲まなかったからです。しかし、どちらにも一長一短はあります。塩、ミネラルもからだに必要なものです。人のからだの水分は塩分を含んでいます。