薬に敏感に反応する自分の体を使い

うつ感が強くなり元気もなくなる……こうなる

生活が便利になったおかげで、日常的に筋肉を鍛える機会がなくなってしまったわけです。
ですから、腹筋や背筋も意識的に鍛えなければなりません。つらい運動をしなければならないように思うかもしれませんが、若い人なら腹筋運動や背筋運動をすればいいとしても、中年になったら、そこまで無理をする必要はないのです。
そこで、私はからだを揺する運動を勧めています。たとえば腕を上げて、八の字を描くようにからだ全体を揺するのです。手を上げるだけで胸筋など上半身の筋肉を使い、揺することで腹、腰などの筋肉を使うので緊張がほぐれ柔軟になります。これに、前屈と後屈を加えればいいのです。前屈で腹筋が鍛えられ、うしろ反ることで背筋を使うからです。
腹筋や背筋がしっかりしていないと、猫背になりやすいのです。猫背になると胸部を圧迫して血流障害が起こり、それが進むと肺がんになる危険性も高くなります。肺がんになるような人は姿勢が悪く猫背で、つねに胸部を圧迫しています。たとえば、一日じゅう机に座りっぱなしで書き物をしていたり、前かがみになってパソコンを使っている人たちは、たいへん危険です。
腹筋·背筋を鍛える体操は、一回せいぜい五十分程度でいいので、時間もあまりかかりません。
なしで仕事をしている人は、11時間に1回程度このような体操をすればいいのです。
座りっぱいずれにしろ、歩くことと体操は習慣づけることが大切です。週に一回か二回まとめてやろうというのでは健康を維持できません。生活習慣のなかに取り入れて、毎日規則的に行なうことです。
薬に敏感に反応する自分の体を使い

ちなみに、私の場合は下半身の筋力は強いのですが、する運動や前屈、後屈に加えて、腕立て伏せを110回、ても、せいぜい十五分程度のものです。
それにくらべて上半身の筋力が弱いので、からだを揺懸垂を10回程度、毎日やっています。ひと通りやっ筋肉はいくつになっても強化できます。
実際、六十歳になる私でも、腕立て伏せや懸垂を一カ月も続けていたら、明らかに筋肉がついてきました。
私は毎朝四時半くらいに起きます。起きてすぐに、草むしりをしたりゴミ捨てをしたりしてすこしからだをほぐしてから、散歩に出かけます。体調がいいときには、散歩の途中で六〇メートル程度のダッシュを交えたりもします。屈伸や四股を踏むような下半身の運動もします。トータルでだいたい一時間程度です。疲れているときなどは短いコースで帰ってきますし、すが、一週間に四、五回は散歩に出ています。

検査などで確認します。

  • 神経支配日中ですから女性の場合
  • 病気の進行を抑える
  • 薬のひとつ。


病気だからしかたがない


ホルモンの刺激を受けて

雨の日は無理して外に出ずに自宅で音楽を聴いていまそして、整理体操としてラジオ体操をします。それから朝食をゆっくりととって大学に向かい、着します。根を詰めて論文を書く作業などをしていると、どうしてもからだが強ばってくるので、にはからだを揺する体操を行なっているのです。
八時には到仕事の合間リンパ液の流れをつねによくするときどき逆立ちするのも、体液の滞留を防ぎ、むくみをとるのに役立ちます。人間のからだには重力がかかっているので、どうしても体液の流れが下半身にたまりがちです。逆立ちしたり横になって手足を上に向けて振ったりすることで、滞留を防ぐ効果があるのです。
最近はリンパマッサージが話題になっています。
かは知らないのではないでしょうか。
リンパ液という言葉は知っていても、意外とどういうものからだの第1の循環系が血液ならば、リンパ系は第二の循環系として機能しています。血液は心臓というポンプに押し出され、一定のリズムで全身を流れています。その大きな流れは、みなさんご存じのように、まずは動脈を通じて酸素や栄養分をからだじゅうの細胞に供給し、細胞が排泄する二酸化炭素や老廃物を受け取って静脈に流れ込み、ふたたび心臓にもどります。
動脈から流れ出た血液は、全身に張りめぐらされた毛細血管に流れ込みます。
細胞が食べられるときに炎症反応が起つまりとSOSを出す。

治療はまず自分が受け入れることからしか始まらない

その血液の一部は、毛細血管から組織のあいだに浸出しますが、この体液が各細胞に栄養を届け、同時に老廃物を受け取って、ふたたび毛細血管に取り込まれて静脈に吸収されるのです。このとき、毛細血管に吸収されずに、静脈にからみつくかたちで全身に分布しているリンパ管に流れ込む体液があります。これがリンパ液です。不要なたんぱく質などの老廃物を回収するはたらきをしています。すなわち、リンパ液とは毛細血管から浸出した血液の一部で、おもに血漿と白血球の一種であるリンパ球から構成されています。赤血球は含まれていません。リンパ管に集められた体液リンパ液はリンパ節まで行き、そこで何事もなかったら静脈に合流します。つまり、体液とリンパ液はイコールで、組織間に貯留していれば体液ですが、リンパ管に入って集められるとリンパ液になるわけです。


細胞もマクロファージから派生しています。

遺伝子によって支配されている

リンパ液には血液と同様に、細胞が排出した老廃物などを回収するはたらきがあるのですが、さらに、外部から侵入した細菌やウイルスからからだを守る免疫機能があります。リンパ節は網状の皮質とリンパ細胞から成っており、リンパ液の濾過器としての役目を果たしています。ここでリンパ液中の異物を取り除き、細菌やウイルスに対抗する免疫をつくるわけです。
つまり、リンパ節の白血球、とくにリンパ球がからだをがん細胞や細菌、ウイルスなどから守っているのです。
医師の得意分野を調べることです。


薬と思わ

リンパ液とともに運ばれてくるからだに不要な病原体などを、細網繊維の網に引っかけてつかまえ、それをリンパ球などが処理するわけです。
処理しきれなかった異物や病原体は一時的にためておかれます。そのためリンパ節が腫れるのです。がんになると、このリンパ節にがん細胞がため込まれているので、リンパ節を廓清切除する手術などが行なわれます。このようにリンパ系は、動脈→体液→リンパ液→リンパ管→リンパ節→静脈→動脈という循環をしています。ポンプである心臓を中心とした閉じた管からできている血管系と大きく違っているのは、リンパ系が開放された循環系であることです。リンパ液は血液における心臓のような、からだじゅうに力強く送り出すためのポンプをもっていないのです。そのため、リンパ系にかかる圧力は低く、流れも遅いので、リンパ液は安静時にはほとんど流れません。
リンパ液は、たり、弁があるからです。筋肉を動かすことによって、つまり運動によって流れるのです。
さすっマッサージをしからだを動かすことでリンパ液は一定の方向に流れます。

認知症を引き起こすというわけです。

細胞レベルでもそういう入れ替わりが行われているよう

祭りや儀式などの習慣はあるのですが、なぜこれをやるのかと尋ねても、昔からやっているからとの答えが返ってくるだけなのです。
アイヌの人たちにも文字はありません。彼らは獲得した知識を口伝えで継承しなければなりません。そこで記憶力のいい人が選ばれて、それらを頭に叩き込んで子孫に伝承するわけです。そういう人が長老と呼ばれる人なのでしょうインディオもアイヌの人たちも、耕作をしない狩猟民族ですが、文字を必要としないのはそのこととも関係しているようです。農耕生活を成功させるためには、過去の天候や収穫高などの先例に照らし合わせて、つねに工夫を凝らすことが必須です。そのため、それら過去の経験や知識を記録するための文字が必然的に発明されると考えられます。収穫物を蓄えるようになれば、富の格差も生じ、また取引するための貨幣も生み出されるはずです。
認知症の患者さんの多く

文字もなく貨幣もない先住民たちの世界を、ただ単に進歩がない、文明がないと蔑むのはたやすいことでしかし、彼らは貧富の差もなく、心身に負担をかけない、無理のない生活を送っています。疲れると狩猟には行かず、何日間も食べないでいるそうで、お腹が空かないのかと聞くと、「食べなくてもいい。いまは寝るほうが大切だ」と答えるそうです。
楽しければ笑い悲しければ泣き、腹が立てば怒るという具合に感情表現は豊かですが、とか寂しいなどといった、ややこしい概念は存在しません。過去を引きずって後悔したり、ともないのだそうです。過去を気にしないので、だれも自分の年齢を正確に知りません幸せだとか不幸だ未来を思い悩むこ病気といっても、私たちの生活習慣病である血管障害などはほとんどないようです。
もちろん感染症などで幼児死亡率は高いでしょうし、蛇や獣に噛まれたりして早死にする人もいるので、平均寿命は日本人より低いでしょうが、成人に達した人はかなり長生きで、百歳以上ではないかと思われる人もたくさんいるという話で現代人が失ったカンの大切さ南さんと話していて感じたのは、彼らインディオの人たちは、私たち日本人が失ってしまった人間本来のカのよさをいまだにもっていて、大自然のなかでのびのびと生きているということです。

症状をこじらせないための秘訣です。

  • 遺伝的体質がある人
  • 薬を長期に使用して
  • 薬の影響は皆無とはいえ統合失調症の人


うつ病の原因として


免疫力も高くなっているといえます。

お話ししたように文字がないことが、記憶力や感性を磨くうえで大きいのかもしれません。彼らははるか遠くまで見渡す視力を保持していて、裏山で鳴いている動物の種類やそこまでの距離、あるいは、その動物が襲ってくる気配があるかなどにも、とても敏感だというのです。
そうした感性は、もともと人間はみなもっていたのでしょうが、私たち日本人はいつの間にか失ってしまいましたテレビやパソコンを前に座っているだけで、瞬時にして世界中のさまざまな情報を手に入れられる便利さを享受する代わことで知識の共有が可能になりましたが、反面、知識に頼りすぎることの弊害もあります。それでも、自分の体験より過去の知識をありがたがる傾向は強くなっています。自分の目でじかに見て、触れて、感じるといった体験が少なくなりました。
文字ができたいまの医者の多くも、医学の知識にがんじがらめになって、カンを鈍らせる一方です。
治療ではありません。

症状の可能性もあるので注意が必要です。

目の前にある病気を机上で学んだ酉洋医学の領域でしかとらえられないのです。自分のもっている知識から予測できないことはその可能性すら考えようとしません。視野が狭く、活字で学んだことにしがみついているので、「なぜそんなことが起こったのか?」と好奇心をもって、さまざまな角度から複合的に考えたりしないのです。
ですから末期がんの患者さんが、温熱療法やサプリメントでがんが退縮して治ったという実例を聞いてもこれまでの知識の範囲内では理解できないので、それは偶然にすぎないと考えてしまいます。「そんなことはありえない」と怒り出したりするのです。そして、「そんな勝手な治療法を試みる患者はもう診られない」と放り出します。


治療の根本にかかわる問題

認知症の時計描画テスト福祉村病院時代にいつも頭の中にあ

彼らが怒るのは、自分の知識ではわからないことに不安を感じるからです。学校の勉強ができなければ入れない医学部を卒業した彼らは、自分が優秀だと自信過剰になって、自分至上主義、権威主義に陥りやすいのでしょう。しかし、医者は生きた人間、病気で悩んでいる生身の人と相対するのが仕事です。そんな頑固な頭や対応では、人の心に届く医療などできるはずもありません医者も含めて私たちは、人間が本来もっている生きる力、感性を失っているのかもしれません。
だの声を素直に聞いて、本来の生きる力を取り戻さなくてはならないのではないでしょうかもっとから生きるために必要なものは多すぎても少なすぎてもよくない私たち人間が生きていくうえで最低限どうしても必要なものとは何なのでしょうか。酸素、温度、水、塩分このようにあげてみて、おもしろいことに気づいたのですが、人間に必要なこれらのものは共光、重力通して、多すぎても少なすぎても死を招くのです。酸素が少なければもちろん死にます。多すぎると、体内に活性酸素が発生しすぎて組織を壊し、死にいたらしめます。温度が高すぎても低すぎても危険です。これらについては、ちょっと考えてみればおわかりになるでしょう。
それでは、水はどうでしょうか。からだの六0パーセントは水分ですから、水が大切なことはいうまでもぁりません。水分が少ないと、活発に活動して汗をかくと脱水状態になり、血液が濃縮されて脳梗塞などになる危険性があります。
埼玉の看護学科で認知症を引き起こす原因を聞く。


老化だといえよう。

ですからいまは、水分をたくさんとったほうがいいとよくいわれ、大量に水を飲む健康法もあるくらいです。それによって老廃物も尿を通じて外に出されます。いつも水分を多く体内に抱え込むので、それを処理するために腎臓に負担がかかります。
からだに水がたまり、むくみや冷えを起こします。
処理しきしかし、れないと、逆に、あまり水を飲まない健康法もあります。水を飲むと胃液が薄まり、消化酵素や胃の酸度が落ちるので食べたあとは水を飲まないほうがいいというわけです。南方の戦地に行った人たちがマラリアやコレラなどにかからずに生き残れたのは、実際、水を飲まなかったからです。しかし、どちらにも一長一短はあります。塩、ミネラルもからだに必要なものです。人のからだの水分は塩分を含んでいます。

うつ診断法

老化が進むというもの。

ようやくなんとかその日を終えたときには身体はくたくた、精神的には「私はなんてだめなんだろう」とすっかり自信喪失していました「自分は経験もありベテランにもかかわらず、先頭に立ってやらなければならない仕事の責任が今までのように果たせないのだから、もう職場にはいられないと思いました」
の項目ごとに会場を決め、外から来校する6人のドクターを各会細かい指示をしていくのですが、慣れた仕事のこの出来事を機に、それまでがんばり続けてきた糸がプツンと切れてしまったのか、範子さんはその後、文部科学省が関係した大きな仕事を断ってしまいます。
体調の悪さはとうてい理解してもらいようもなく、ただ、無責任でわがままな教諭としかみなされていないにちがいないと思うと、一刻も早く職場を去るしかないと決意を新たにしていました「今振り返ると『あれはなんだったのだろう』と思うのですが、あのときは身体も頭もまったくいうことをきいてくれないのですから、どうしようもありませんでしたね」
「よくなるものがあるのなら何でもやりたい」
範子さんが回復のきっかけをつかんだのは、春の身体検査から2か月後、親しい友人のアドバイスでした「漢方薬で更年期障害の治療をしている先生がいるから、一度診てもらったらどうお」
紹介されたのは東京医科歯科大学産婦人科助教授だった小山嵩夫医師です。

免疫力にとってかえってマイナスです。

当時、小山医師は大学の付属病院で更年期障害の患者さんを一手に引き受けて、治療にあたっていました(現在は東京銀座で小山嵩夫クリニックを開業)。
小山医師が更年期医療に本格的に取り組むようになったのは83年。研究発表でたびたび米国にでかけていったところ、米国の医学者から「日本も高齢化社会に向かって老齢化の分野にも力をいれなければ」と助言されたのがきっかけでした。更年期以降の女性が元気で生きるための医学、いわゆるメノポーズの領域の医学にっいては当時から米国では多額の研究予算が出ているとも聞かされていました。
いっぽう日本では、更年期医療の分野は学問的にもほとんど研究が進まず、臨床的にも対症療法や男女混合ホルモンの注射、あるいは漢方薬を使うといった旧態依然とした治療が行われていました小山医師はまだ日本では未開拓分野のホルモン補充療法略してHRTの試みを始めていました。

 

治療法を組み合わせることも可能です

いまでこそHRTについて知識を持つ更年期女性は多くなりましたが、その頃はほとんど知られていません。また大学病院の外来のあわただしい診療時間内にHRTについて説明するのは限界がありました。そのため、患者さんの中にはHRTが効果がありそうだと判断して試みたものの、出血などの副作用に驚いて、12回通院したあとはばったり姿を見せないといったことが続いていましたHRTについてはまだまだ臨床例が少なく、試行錯誤が続くといった状況のなか、範子さんは小山医師の診察を受けました。診察前、範子さんはあらかじめ渡された「簡略更年期指数SMI参照に記入してみると100点満点で、精密検査と長期間の治療が必要との評価でした漢方薬などの治療を始めて1か月余りが過ぎたころ、小山医師が範子さんに勧めたのがHRTでした「浅沼さん、いちどホルモン補充療法を試してみませんか。血液検査でもエストロゲンはゼロに近い状態です。し、試してみる価値はあると思いますよ」
子宮はすでに摘出していたので、子宮体ガンの心配もないと言われました「ちょうどアメリカに住んでいた友人がHRTを知っていて、アメリカでは受けている女性が多いという話を聞かせてくれて、やってみようかなと決心がついたのです。
薬などさまざ

細胞ができるのを抑えるため

それによくなるものがあるのなら何でもやりたいという心境でした」
と範子さんは打ち明けます。
職場にもどって校医にHRTの話をすると、60代半ばの内科医師は一言告げましたホルモンは怖いよ
しかし、範子さんは元気になれるのだったら、ところです。たとえ寿命が縮んだとしても試してみたいというのが正直な範子さんの場合、HRTを始めて4週目くらいから効き目が現れ始めました。肩凝りがうそのように消え手足の冷えが改善されて、体が軽くなっていくような感じがしました。よく眠れるようになり、食欲も出てきたせいか、体力が徐々についてきたのでしょう。朝起きて仕事にでかけるのがおっくうじゃないと感じるのは何年ぶりかの気分でした。身体症状もみるみる回復しました。ただ、ひどい物忘れや一度失った仕事への自信を取り戻すには、まだしばらく時間が必要でした。

細胞が機能するようにするわけです。

その後、範子さんは更年期の嵐の直中にいたときに支えとなってくれた同僚から、結婚を申し込まれたのを機会に職場を去り、まもなく結婚しました。範子さんは56歳の初婚、夫となった真一さんは凄を亡くして5年たっていました。
ところで、範子さんは症状が改善されたいまもHRTを続けているといいます。ずっと続けているのはアルツハイマーの予防が主な目的です。最近、学生時代の友人たちに会って驚いたのは、飲んでいる薬の多さ。降圧剤やコレステロールを下げる薬やら。私はエストロゲンだけでとても元気に過ごしていることを知って、改めてHRTに出会ってよかったと思いました。

検査をさせていただく

免疫不全による肺炎があります。健康維持に加えて、半年に1回血液や骨量検査、乳ガン検診が義務づけられているので、行き届いた健康管理ができていて安心です。小柄でふっくらとした肉付きの範子さんは、つらく厳しかった更年期の体験を語りながらも、取材の2時間あまり終始穏やかな表情を崩すことはありませんでした。そんな様子から、50歳を過ぎて良き伴侶に恵まれた範子さんの、心身ともに安定した現在の幸せな生活がうかがわれるようでした【体験症例②】「こんなに外見にこだわると気づいた時に……」
身体的な衰えのなかでも、容色の衰えは女性にとって大きな意味を持ち、強烈な自分への否定につながりかねません。もう2度と取り戻せない若い頃の美貌とスリムな肉体。今鏡に映る身体の否定的なイメージをどう受け止め、これから先をどのように肯定的に生きていったらいいのかここで紹介する石田恭子さん仮名·55歳は少なくないのではないでしょうか。


免疫不全による肺炎があります。 治療法今 神経が優位

医師の得意分野を調べることです。

症状の出ている

逆に栄養があまり入らないような飢餓状態になったときには、マクロファージは無駄を省き、最小限の食べ物でも生きていけるように、からだのはたらきを整えるのです。すでに蓄えられた脂肪分までなくなったときには、筋肉や骨などからとりあえず不要な一部分をエネルギーに転換します。人類はそうやって生き延びてきたのです。人類は、現代のような飽食の時代よりもずっと長いあいだ、食べ物の不足した飢餓の時代を生き延びてきました。もともと私たちのからだは、飢餓に対応できるメカニズムを備えているのです。そのような生命維持を担ってきたのがマクロファージです。
マクロファージはまた、TNF腫瘍壊死因子というサイトカインの一種を放出します。その名のとおり、がん細胞を破壊するはたらきがある物質ですが、それだけでなく、ケガをしたときには繊維細胞を増殖して傷を治す風邪をひいたときには発熱や睡眠を誘導してウイルスを排除する機能もあります。マクロファージには、からだをやせ衰えさせる作用がありますが、それはこのTNFのはたらきによるものです。マクロファージがからだをやせさせるのは、代謝を抑制して、少ない白血球で生体の防御を可能にするためだと考えられます。
薬の場合

つまり、それによってマクロファージが活動しやすくなるわけです。やせることで、エネルギー代謝をそれまでの半分に抑えられれば、病気で白血球が五0パーセントに減っていても、なんとか病気と戦える態勢になるということです。
ですから、自力で食べられない人に点滴で栄養を入れるのは、かえって病気と戦う力を失わせることになるといえます。治る病気であれば、食べないほうが苦痛もなく、治りも早いのです。
栄養の処理も担っているマクロファージが、その役割から解放されて病気を治すことに集中できれば、免疫力が効果的に発揮されます。民間の断食療法が最近はやっていますが、免疫学の立場からすれば、このように説明できるわけです。
野生動物は病気になると、何も食べないでじっと回復を待っています。
て病気を治そうとしているからです。それは、本能的にからだの声を聞いところが人間は、病気を治すためには食べないと、からだが消耗するだけだと考えますからだがほんとうに栄養を必要としているのならば、病気になっても自然に食欲が増すはずなのです。ところが無理に栄養補給をするからかえって病気が治らずに、長引いて寝たきりが続くのです。そこに気がつかないと病気はいつまでも完治しないということを、アマゾンの先住民たちは教えてくれています。
最期はその人の生きる力
にまかせる白血球のなかでも、リンパ球は進化してできたものですから、ある意味で人間らしさを象徴したものといえます。

症状が軽く

  • 細胞の受容体
  • ホルモンを投与して様子を見ることもあります
  • 病気をもつ仲間など困ったときに話し合


症状に作用する新


医師を信頼

しかし原始的なマクロファージは、究極的な生き死にを左右するものです。そして、生きるか死ぬかはその人の生きる力の勝負です。
病気になったりケガをしたりしても、若いうちは救急処置や応急手当てなど現代医学の力で十分に治せます。しかしお年寄りが、生活の無理や、逆にラクをしすぎた結果かかった病気は、酉洋医学の対症療法では効果がないのです。ここでその人の生きる力が問われます。まだ生きる力が残っているのなら、点滴などやめて、マクロファージを病気と戦うことだけに集中させれば痛みもそれほ快方に向かうはずです。
食べる元気もおのずと復活するでしょう。
生きる力がもはやなければ、どなく、そのまま安らかな死を迎えられます。生死を分かつ瀬戸際に立たされた患者さんに、無理やり栄養を与えるから、マクロファージはその生きる力を全力で発揮できずに、なかなか回復しないのです。そして、苦しみも長引くのです。アマゾンのインディオのように、最期は一人ひとりの生きる力にまかせてもいいのではないでしょうか。
生きる力がなくなってしまっていたら、そこで死ぬのも仕方のないことなのです。
逆らい、寝たきりになって苦痛にもがいてまで生きたいかどうかです。
そのような自然の摂理に作家の吉村昭さんは、点滴を自分で引き抜いて延命措置を拒否したと聞きます。
歯科医師の得意分野を調べる。

医師の頭の中身を疑ってしまいます。

おそらく自力で食べることもできず、寝たきりになり、意識もないままにただ生きながらえることを拒否したのでしょう。
長生きするといっても、心身ともに健康でなければ意味がないでしょう。たとえ百歳を迎えても、ただ生かされていることがめでたいというわけではありません。病院のベッドで薬づけにされたまま生かされていても周りがたいへんなだけかもしれません。あるいはボケて歩くこともできず、自分で食べ物を口に運ぶ力もなく生かされているのが、本人にとって幸せなことなのでしょうか。
もちろん、このような考え方は、現代の福祉がめざすものからは逸脱していますから、反論もあるでしょうしかし、最期は個人の生きる力にゆだねるほうが、みずからの死をよりよく迎えるという意味でも、人間の尊厳にかなっているように私には思えるのです。


薬も飲んでいるようなのです

病気があったりする

現代医療を進めれば、寿命が延びるのに比例して、ますます寝たきり老人をふやすことになり、自分で自分の死さえ選ぶことができないようになります。生きる力を失い、死を待つばかりの人に点滴をして無理やり栄養を注入すると、マクロファージはそれに反応せざるをえないため、無駄な労力を使って苦痛の死を迎えることになります。不必要な栄養がなければ、苦しむエネルギーさえ生まれません。
昔の聖人は死期を悟ると、断食して枯れるように安らかに死んでいったといいます。
治療ではありません。


病気が現われるのも女性より早い。

日本でも弘法大師空海が、やはり最期は食を断って死んでいきました。彼らは理屈ではなく、感性でからだの仕組みを知り、人間の本来あるべき死に方を見つけたのでしょう。
アマゾンの先住民たちは、いまだに似たような方法を実践しています。それは、自然に沿った生き方をしているため感性が鋭いからです。野生動物も最期は身を潜めて食を断ち、静かに死んでいきます。それが生物の本能に刻まれた本来の死に方なのではないでしょうか。
年齢すら気にしない自然な生き方南研子さんから伺ったアマゾンの先住民の人たちの話で、もう一つ非常に興味深かったのが、彼らには文字もなければ、貨幣もないということです。文字がない生活もお金のない生活も、私たちには想像できません文字がないので、過去については伝承で伝えられることしかわかりません。

細胞が食べられるときに炎症反応が起つまりとSOSを出す。

細胞の働きが抑制されなく

周囲の理解は薄かったようです。
更年期障害が病気としての市民権を得たのはごく最近のことで、当時はじっと我慢してやりすごすものとみなされていました。だれも、胃潰瘍やガンになったときのように心配したり、休養するように勧めてくれません。周囲の無理解に孤独感を強くしました。
しかし、それ以上につらかったのは、身体に起きている事態は深刻で、我慢してやりすごせるようなものではなかったのに、適切な治療をうける手だてがわからなかったことです。ひとり苦しみに耐えなければなりませんでした。とくに範子さんが体験した当時は、情報も極端に少なかっただけに、苦しみや不安、とまどいははかりしれないものがあったに違いありません。

病気はほとんど見あたりません。

「私はなんてだめなんだろう」
もともと国立病院で看護師として勤務していた範子さんが、私立の男子校の保健婦として転職したのは32歳カウンセラーの役目も果し精神的な悩みにも相談にのり、のとき。男子生徒には範子さんは母親的な存在で、ていましたしかし、具合が悪くなってからは生徒の話を聞くのもうっとうしい。生徒が相談に来ると「そんなの我慢しなきゃだめ」と冷たくあしらって、薬を渡して追い返すことが度重なりました。人が変わったようになった範子さんに面食らったのか、先生、どうしたのと生徒たちが顔をのぞきこむこともしばしば。先生たちからもどうしたの?と言われることが多くなっていきましたというのも、申し送り事項を相手に伝えているにもかかわらず、伝えたかどうかわからなくなり、相手に再度確認してしまうことが度重なる。

 

薬をのまざるを得ない状況に追いやられるわけです。

仕事上その場で決断して返事をしなければならないことが多いのに、決断できず、すぐに対応できないなど、今までにない仕事ぶりに教師たちもとまどいを覚えたのでしょう。
こう仕事がてきぱきできなくなってはみんなに迷惑をかけるばかり。職場にいてはいけないんじゃないかしら。考え込む範子さんの顔からイキイキとした表情が消えていきました。暗く沈んでいる範子さんがウツ状態だと気づいたのは、週1回登校する校医でした。浅沼さん、死にたくなることはないですか。
治療法を選ぶうえ

検査も受け

ウツ状態がどの程度深刻か、確認したのでしょう。
「とんでもない90歳近い母がいますから、母より先に死ぬわけにはいきません」
その答えを聞いて、校医は少し安心したような表情をみせて、軽い安定剤を渡してくれました。
むと少し眠れるようになって、その分だけ身体が少し楽に。それでも精神科の薬には抵抗があり、の悪いときにだけ飲むようにしました。
安定剤を飲よほど調子症状がいちばんひどかったのは5152歳の頃。友人がガンで亡くなったショックも気分を落ち込ませた原因のひとつです。また、職場では学校改革をめぐって職員同士派閥の対立が表面化し、人間関係がギスギスしていたのもストレスになっていました。学校へ行くのがつらくてしょうがない。それでも無遅刻無欠勤できたのだから、仕事は決して休むまいと、往復タクシーを使ってでも出勤したところに範子さんの生真面目さがのぞきます。平日、かなり無理をしていたその反動なのか、週末になるときまって熱が出て下痢が続きました。
自宅で横になっていると、この先どうなっていくのだろうと不安でいっぱい。食欲もなく食事をとれません職場以外では人と会うのが怖く、アパートで住人とすれ違っただけでドキドキしました。

治療の考え方子宮内膜症

初めての経験でした無理をおして出勤していたのがよくなかったのでしょう。その年の夏休みは休みに入ったとたんに床についてしまいました安定剤を1日3回飲んでひたすら眠り、水分は牛乳で補給し、あとはお腹がすいたときに冷蔵庫にあるものを少し口にする程度。だれにも会いたくない、なにもしたくない、だいいち体がいうことをききませんでした。
最悪でした。
それでも、夏休み中休養を十分にとったのが奏功したのか、9月に学校が始まる頃にはだいぶ元気になってました範子さんにとって救いだったのは、校長が理解を示してくれたことでした20年間無遅刻無欠勤で勤務し仕事はきちんとこなし、滞ることがなかっただけに、仕事を怠けているとはみなしませんでした。範子さんが大変申し訳ないのですが、どうしても具合が悪いときには保健室でベッドによりかかって、座ってもいいでしょうかと申し出ると、快く許可し、無理しないように
と気遣いをみせてくれましたそして、もうひとり数年後に範子さんの伴侶となる数学の教師が、見かねて仕事を手伝ってくれたり、不安や眠れない辛さを聞いてくれたのが大きな救いでした。

病気のためといえます。

細胞が食べられるときに炎症反応が起つまりとSOSを出す。また範子さんは少しでも気分のいいときは、美術館へ行くなど外出をつとめてこころがけたのもよかったようです。といっても、ひとりではとても出掛ける気力はなく、友人に連れだしてもらうという状態でしたが。
「自分はウツ病なのかしらと疑っていました。でも本当のウツ病とまでは思えなくて、更年期なのかなと漠然と考えていました」
そんな矢先、退職を決意させる出来事が起きました。春の身体検査の準備に入ったときです。養護教諭の範子さんが先頭にたって指揮をしなければならない立場です。ところが、もう20年近く毎年のように繰り返してきた仕事なのに、いつものように段取りよくてきぱきと進められません。
身長、体重、レントゲン、聴診、検査場に振り分け、係の生徒をそれぞれの持ち場に配置してはずなのに、なぜか全体をきちんと把握できているという自信をもてないのです。


細胞が食べられるときに炎症反応が起つまりとSOSを出す。 医師による 認知症の患者さんの多く

認知症の患者さんの多く

医療の裏街道ともいえる老年

女は乳房を切り取ろうが、子宮を摘出しようが、ハートに女性性を持っていればそれでオーケーなのだから、妊娠できる身体ばかりが女じゃないのだとそれでもAさんはなっとくせず、ピルを使って生理をおこす処置をしてもらいました。ちょっとショッキングな話ですが、決して珍しくはないと医師は言います。とくに40代前半に多く、独身の女性たちはそれまでは結婚や妊娠に無頓着でいたのに、生理の周期が乱れて更年期の訪れを感じると、とつぜん不安になり、妊娠しなかったこと、結婚しなかったことにこだわり始めるのです。
男性社会で仕事をしてきた独身の女性たちにとって、妊娠、出産できる身体でいたい、あるいは外見的な若さを維持したいという女性性にまつわる願望は、想像以上に大きいことに気づかされるのも、この更年期の始まりの時期かもしれません。

薬をやめる年配の方も多いのです

これほど極端ではなくても、私たちはそれまであたりまえのようにあったものがなくなると、急にうろたえたり、さみしくなったりしがちです。その存在が大きければ衝撃は大きくなり、執着が強ければ失うことによるフラストレーションは強くなるのは当然でしょう。更年期は女性にとって卵巣機能の停止に始まって、その他にもいろいろなものを失ったことに気づかされる時期です。
たとえば老眼ひとつとっても、書類にさっと目を通せなくなると、瞬時の判断力が鈍ります。またこの時期は目に見えて物忘れが多くなり、集中力も落ちてくるものですが、そのために仕事の能率が悪くなります。同じ時間でできる仕事の量が減っているのに気づいて愕然とします。仕事を持つキャリアウーマンたちにとって、身体の否定的変化は思った以上にこたえるものです。

 

病気を抑え込もうとするのです。

できる女たちほどそのときの動揺は大きく、現実を受け入れがたいと思ってしまいがちです。
ことほどさように更年期は自分に対するさまざまな否定的変化が重なる時期ですが、心理学者の岡本祐子さんは、「中年期の否定的変化を最も如実に認識させるのは、体力の衰えである」と指摘しています。というのも、「自分の身体に関する感覚や感情は、自己イメージを形成する大きな要であり、身体イメージはアイデンティティの感覚とも深く関連している」からです。こうした身体的な喪失感はときには大きなダメージとなり、二次災害のように更年期症状をさらに悪化させることがあります。もし、若さが終わったことを潔く認められないとしたら、更年期の葛藤は深く、川越えに手こずるかもしれません。
【体験症例①】「我慢するしかないと思っていました」
更年期障害がひどく、仕事を続けるのが困難となり、真剣に退職を考える人は少なくありません。
なかにはは更年期障害から仕事への自信を実際に退職に追い込まれるケースもあります。
浅沼範子さん仮名·66歳なくし、20数年勤めた職場を去る決意をしました。
私立男子高校の養護教諭だった範子さんに、更年期の身体的症状と精神症状が出たのは45歳の頃最初に現れた異変は乳腺症でした。
症状が現われる。

神経にアルコール注射をしてマヒ

新学期を迎え、仕事がもっとも忙しい4月に左右両方の胸がはって痛いほどでした近所の外科へ行くとガンではなく乳腺症と診断されました。更年期症状もあるので男女混合ホルモンを打つと治るといわれ、しばらくの間、週1回通って注射してもらうと、少し楽に。乳腺症は一時的なものでしたが3年ほど続き、毎年4月から5月にかけて仕事が忙しくなって疲労が重なると症状が現れました。
肌が乾燥して、気がつくと腕や足が粉をふいたようにカサカサしているのを発見したのも同じ頃です。子宮全摘手術のあとから出ていた足の冷えはいよいよひどくなり、スカートをはけなくなるほどで、夏のクーラがこたえました。そのくせ、上半身はカーッと暑くなって汗をびっしょりかく。イライラすることが多くなったのもこの頃からです。

医学部研究員

私は看護師ですから、今自分は更年期だという自覚はありましたが、当時は治療法がわからなかったので、我慢するしかないと思ってました
と範子さんは20年前を振り返ります。
それでも、その程度の症状でおさまっていたなら仕事や生活に支障をきたすことはありませんでした。
しかし、そうこうするうちに物忘れがひどくなってきました。
学校の金庫に鍵を差し込んだまま帰宅してしまったときは、すっか気力、集中力が極端に落ちているのも感じていました。活字を読むのがつらく、クになってしまいました新聞や毎月定期購読していた仕事に関連した雑誌が読めなくなっていました。
愕然としたのは研究会に行ったとき。学校に提出するための報告書を書こうとしたところ、ていたはずなのに、その内容がうろ覚えでうまく書けないのです。

細胞が最初に障害を受ける

治療ではありません。講師の話を聞いさらに、今日中に片づけなければならない仕事が滞ることが多くなってきました。
自信があったはずの整理整頓もあやしくなってきました。
どうしちゃつたのかしら、なにかへんだわ、私そんなつぶやきが日に日に多くなり、深刻さを増していきました。そんな毎日が続くと、不安になって夜も眠れなくなってきます。
「ものすごい焦燥感にかられました」と範子さんは振り返りますが、人生の大きな転換期がいま訪れているという自覚は、そのときの範子さんにはありません。範子さんの焦燥感はやがて無力感に変わり、ウツ状態へと悪化するのに時間はかかりませんでした昔の看護師仲間の先輩や友人に相談すると、「更年期はある時期が過ぎたら治るんだから、我慢しなさい」
「なにか夢中になれることを見つけて気分転換してみたら」「独身で気ままに暮らしているから、ちょっとわがままなんじゃないの」、といった言葉が返ってきました。


治療ではありません。 薬を増やせという 検査を受けておくのがよいのです

治療ではありません。

医師に大切な家族をまかせてはいけない

長生きするだけがいいわけではないもちろん、ただ長生きするだけがいいというわけではありません。生き方は人それぞれです。たとえば、後世に残る名作を生みつづけた夏目漱石は、四十九歳で世を去りました。モーツァルトは、たった三十五年間の人生であれほど膨大な作品を残しています。長生きしなくても、その人生ですばらしい業績を上げて社会に大きく貢献した人たちはいくらでもいます。個人の健康は第一ですが、生きているかぎり、やはり何らかのかたちで社会に貢献する、あるいは次世代に何を残すことは大切なことです。ふだん、あまり社会貢献など考えないかもしれません。
薬を増やせという

ふつうにサラリーマン人生を送って定年を迎えた人が、どれだけ社会に貢献したかと問われても答えられる人は少ないでしょ社会貢献といっても、夏目漱石やモーツァルトのように、後世に名を残す活動だけが該当するわけではありません。あるいは、ボランティア活動のように直接、世のため人のためになるようなことをしなければならないわけでもありません。
人の命を救うことに直接かかわる医者のような仕事が、社会貢献を実感しやすいのは確かです。健康な人をふやそうと独自の考えを広める私のような立場も、自分の存在意義を大いに感じさせてくれています。しかしサラリーマンとして、営業であれ、経理であれ、事務であれ、接客であれ、どのような職業·職種であっても、与えられた仕事を全うすることも、りっぱな社会貢献といえると思います。社会で必要とされているからこそ、そのような仕事が存在するのですから、自分では食べるためにやっているだけで、社会の役に立っているという意識がなくても、それなりに社会貢献していると考えていいのではないでしょうか「こんな営利的な仕事は社会のためにもならない」と、自分の仕事に誇りもやりがいももてず、テキトーに仕事をするのが当たり前になってしまうほうが問題です。
現代人は仕事のやりすぎだから、ほどほどにしなさいと私はこの本で一貫して主張してきましたが、それはあくまでも病気になるほど働きすぎの場合です。仕事などテキトーにさぼれといっているのではありません。
一生懸命に仕事をしなければならないときに、自分の健康第一のほどほどの生き方は問題でしょう。

ホルモン分泌の変化に体が対応しようとして

  • 老化を速める食事ということになるのです。
  • 老化のモデル
  • 動脈硬化の発症にはコレステロールが関与している


病気におよぼす影響について


うつな状態

仕事もほどほど、遊びもほどほど、何事も安全志向で定年を迎え、仮に九十歳、百歳まで生きられたとしてはたしてそれがよい人生でしょうか。本人がそれで満足だというのなら、他人がとやかくいうことではありませんが単に健康で長生きが目的になっては本末転倒だと私は思います。健康で長生きしたいのは、自分の仕事を全うしたいがためです。私が百歳まで生きたいのも、私の免疫理論をもっともっと多くの人に伝えたいからです。長い人生のあいだには、多少きつい思いをしても仕事に没頭する時期があっていいのです。実際、二十代後半から三十代、四十代の働き盛りに、健康第一などとはいっていられないでしょう。もちろん無理に無理を重ねるのは危険ですが、ある時期、全力疾走することは必要なのです。
その多忙な時期に、力を発揮できるだけの体力をそれまでに養っておいて、そのあいだは耐えられる体調を維持すること。
薬の場合

ストレスをためない

無理を重ねて間違った方向に行ったときには、からだが教えてくれているはずなのです。その声をきちんと聞くことができる感性をぜひ養ってほしいと思います。

病気にならない運動と食事

まずは歩くことが基本最後に、からだによい生活のヒントについて、すこしだけお話ししておくことにしましょう。
最近は、とにかくからだにいいというので、歩くこと、ウォーキングが勧められています。
たしかに、歩くことはからだを動かす基本です。


うつ病の人が増えている。

ストレスを感じやすい人

歩くことで下半身の筋肉が維持できるだけでなく、血流がよくなります。長い人類の歴史のなかで、狩猟·採集·農耕と、人間は生きるためにからだを動かしてきました。からだを動かすのが人間の宿命だったのです。そうした活動の基本は、二足で歩いたり、走ったりする下半身の運動です。それによって人間は健康を保てるようになっています。
ところがいまの時代は、デスクワークが主体になり、からだを動かすことが少なくなってきました。とりわけ問題なのは下半身を使わなくなったことです。私たちの筋肉で大きいのは下半身と腰の周辺の筋肉で、それらの筋肉は歩くことで自然に鍛えられます。じっとしたままデスクワークばかりしていれば、どうしても身体能力は衰えます。
車などの交通機関が整備されたこの三十年、日本人はずいぶんと歩かなくなりました。生活習慣の変化ということでは、洋式トイレの普及も大きいでしょう。
健康に過ごしていくかを考えましょう。


細胞分裂が止

かつての和式トイレはしゃがむスタイルでしたから、それだけでスクワットをやっているようなもので、自然に膝や足首が鍛えられていたのです。人間が進化の歴史でたどってきた、生活のなかで自然にからだを使う機会、とくに、半身を鍛える機会がほとんどなくなってきています。それを意識的につくるためには、というわけです。からだの基本である下まずは歩くことがい歩くスピードは、その人の年齢や体力に応じて、自分で気持ちがいいと感じるペースでいいのです。もちろん、からだのためには通常よりもすこし速く、ちょっとは頑張って負荷をかけたほうがよりよいのですが、ふだん運動していない人がいきなり一生懸命に歩くと、かえって膝などを痛めることにもなりかねません。かといって、あまりゆっくりと歩くのでは筋肉を鍛えることにはならないので、無理のない心地いいスピードを見つけることです。
腹筋·背筋を簡単に鍛えられる体操歩くことは下半身の筋肉の維持には最適なのですが、それだけでは健康を保つには不十分です。腹筋や背筋などは、歩くだけでは鍛えられないからです。かつては重い荷物を持ち上げたり、持ち運ぶ機会も多かったので、腹筋や背筋もやはり自然に使って維持することができましたが、いまは重い荷物があればすぐに車に乗ってしまいます。

薬の場合

症状と考えられている。

それも、自分のからだの声を聞く習慣の一つです。いとか、どのような栄養分が朝食はとらなくてもかまわないよく「朝食を抜いてはいけない」
が絶対に悪いわけではありません。
「三食きちんと食べたほうがいい」
といわれます。
しかし、朝食を抜くの何度か対談して、いっしょに本(『ガンが逃げ出す生き方』講談社、など)を出版している石原結實先生が提唱する健康法は、朝はニンジンジュースだけにして、昼はソバなどを軽くとり、夕食は自由に食べていいというものです。朝食を抜くのは、夜間はプチ断食をしているようなものだから、そのほうがお腹に負担がかからずに、一日のスタートをスムーズに切れるというのです。また、現代人は食べすぎの傾向があるのでそのほうが栄養のとりすぎを抑えられるともいいます。遅くまで仕事で夜ふかしをすると、どうしても夕食が遅くなりがちです。

老化現象なのか。

からだに悪いと、夜九時以降に食べてはいけないともよくいわれますが、たしかに夜遅く食事をすると、脂肪をためこんで太りやすくなります。そうはいっても、仕事の都合上、どうしても夜九時以降に食べざるをえない人も多いでしょう。実際に仕事をしていれば、理想どおりの時間に食事をとるのは難しいものです。
そうであれば、朝はあまり食欲がないでしょうから、いっそのこと朝食を抜くのも一つの方法です。一日に摂取するカロリーを少なく抑えれば肥満防止にもなります。

 

薬を飲むことに不安を感じるかもしれません

ですから、朝食を抜く健康法は、夜型の現代人には適しているといえなくもありませんしかし、私のように朝四時半から起きていると、八時に朝食をおいしく食べることができます。
七時になれば当然、朝早起きの人は、お腹が空いてきます。
朝食をとったほうがスッキリと目覚めてですから私は健康的です。このように、朝食を食べたほうがいい、食べないほうがいいと一律には決められません。大事なのは、食べたいかどうかというからだの声です。空腹感があって食べたい人は食べればいいし、食欲が湧かないのなら抜けばいいのです。あまり神経質になる必要はないと思います。朝食をしっかり食べたほうがいいとか抜いたほうがいいという問題よりも、むしろバランスのいい食事を心がけることでしょう。
そして基本的には、食べすぎないようにすることです。腹八分目といわれるように、少食のほうが健康にはいいのです。
医療の現場はまさに百戦錬磨の修業の場

老化が早く進み

ネズミを使った実験では、腹一杯になるほど食べさせたネズミよりも、食事制限をしたネズミのほうが長生きするというデータがあります。人間も同様でしょう。ことに四十代半ばを過ぎたら、食べすぎは控えるようにしたいものです。日々を健康に送るための運動と食事のあり方について述べてきましたが、ののなかから、とはありません。
基本は、自分に合った食べ物をとることです。
健康にといわれるも自分に合った運動を習慣化し、情報にふりまわされるこ人間は本来、自分のからだの声をきちんと聞くことさえできれば、間違うことはないのです。私たちのからだは、自然といい方向に向かうようにできています。それを支えているのが免疫という仕組みなのです。

ストレスの原因を取り除くようにつとめ

ところが無理に無理を重ねたり、からだの声が聞こえなくなったり、ストレスを抱えて、食べたり飲んだりでまぎらわさざるをえなくなると無視したりしてしまうのです。その結果が、病気です。自分のからだの声を真摯に聞き取れるようになってほしいと強く思います。本書で難しい理論的なことも説明してきたのは、このことをご理解いただくためです。
みなさんが、からだの声をしっかりと聞いて、いま病気の方は一日も早く健康を取りもどされることを、ます健康に磨きがかかることを願っています。
そして健康な方は、ます。私はもう若くない.2更年期への誤解、知識の不足。それがあなたを苦しめていまするし……?
もう若くない
そんな自分を実感した時ある婦人科を訪ねた46歳の女性の話から紹介しましょう。独身のキャリアウーマンのAさんは生理が止まっていることが受け入れられず、来院しました。

症状がつづく

医師の得意分野を調べることです。血液検査の結果、FSH卵胞刺激ホルモンの値がかなり高く、E2卵胞ホルモンの値が10未満。すでに妊娠は不可能なまでに数値は下がっています。しかし、Aさんにとって46歳でこの数値はおかしい、早すぎると言い張るのです。生理がないと落ち込むと、訴えます。でも、生理があるかないかは女性とはなにも関係ないでしょう。それよりもあなたは更年期の不快な症状がないのだから、ラッキーだと思わない?
と、医師が尋ねると「思わない。
更年期症状がひどくても、生理があったほうがいい」
と、抵抗します。どうしてそんなに生理があることにこだわるの「これから結婚するかもしれないじゃないですか。そのときに、子どもが生める身体だということを、相手の男性に知ってもらいたいんです」
「残酷なようだけれど、女性ホルモンの状態をみてもすでに閉経しているのよ」
「いやです。生理をおこしてほしい。閉経を遅らせてください。できれば58歳くらいまで生理はあってほしいんです」
「あなたは赤ちゃんが産めるようにするための治療を受けたいのできるのならそうしたい」
あくまでも生理と妊娠にこだわるAさんに医師は、どうしてもというなら卵子が残っていればそれを凍結して、アメリカで処置する方法もあると話をしてから、こう説得しました。


医師の得意分野を調べることです。 薬に敏感に反応する自分の体を使い 医師による

健康に過ごしていくかを考えましょう。

病気になるケースは少ないでしょう。

いまは六十代になってもまだまだ体力があり、好奇心も旺盛な人が多いですから、六十歳で仕事をリタイアするのは早すぎる感があります。これまで働きすぎがからだを壊すと強調してきましたが、まだ体力も知力も十分にあるうちに仕事をすっかり辞めてしまうのも、これまた健康を損ないやすいものです。
趣味ややりたいことがいろいろとあって、いるのならば、仕事を離れて自由な時間ができたら、それをやるとすでに決めて六十歳で会社を辞めて悠々·自適の生活もいいでしょう。
しかし、仕事一筋で生きてきた多くの人たちは、会社を辞めて仕事からすっかり離れてしまうと、何をやっていいかわからなくなるものです。しかも長年のあいだに、仕事中心の人間関係しかなくなっているので、とたんにつきあいもなくなってしまいます。そうなると、何をやるでもなく、一日じゅう家でぼんやりと過ごす。だけになりかねません。そんな生活では、からだは丈夫であっても頭がはたらかなくなり、ボケやすくなります。
健康に過ごしていくかを考えましょう。

経済的な必要性があるかどうかは別として、からだも脳も健康に保つためには、できれば七十歳くらいまでは仕事を続けることをお勧めします。人それぞれですが、六十代半ばを過ぎると、それまでと同じような仕事量をこなすのは体力的にきつくなります。六十五歳を過ぎても働きつづけるのならば、半分くらいのペースに落とすことです。毎日なら午後三時か四時くらいには終える、あるいは週の三日だけ出勤するというのが理想的です。経営者であれば会長にでも退いてマイペースで仕事をするのも可能でしょう。専門的な技術をもっている人も、嘱託やフリーで働くことは比較的容易です。ふつうのサラリーマンが定年後も臨機応変に働くのは難しいと感じるかもしれませんが、それまでのキャリアを気にしなければ、どんな俵だってあるものです。
仕事をしていれば、通勤などもあって必然的にからだを動かします。それくらいのことでも健康にはいいのです。活力ある生活をすることで、白血球の機能をある程度いい状態に保つことができるからです。ですから六十五七十歳までペースダウンしつつも仕事を続け、並行して趣味の幅も広げればいいのです。日本人の平均寿命の年次推移2006年女79.001971年以前は沖縄県を除く出典厚生労働省の完全/簡易生命表
2県35縄完注出男歳90もちろん、いくつになっても仕事を続けられる立場にいるのなら、体力に応じてペースダウンしながら、死ぬまで仕事を続けるのもいいでしょう。

細胞をつくるとき

  • 医療保険に入ります。
  • 細胞やそのほかの異物をやっつけてくれます。
  • 遺伝子にも影響を与えて異常をもたらすからです。


免疫機能を高める抗酸化物質


薬·ゼニカルダイエット

しかし、ある年齢で仕事から離れざるをえないというのなら、やはり仕事以外に趣味や好きなことを見つけておく必要があります。
もし、その趣味が囲碁や将棋など、からだを動かさないようなものならば、せめて毎日散歩をする、できれば軽い登山やハイキングなど、運動の趣味も併せてもつようにしたいものです。からだを動かしていれば、無気力に陥ることもなく、身体機能も維持できます。
人間の体力は年をとるほど、動かないとすぐに低下します。
以前のように歩けるまでにその何倍もの時間がかかるのです。
七十代、八十代になると、数日寝込んだだけでボケずに健康でぽっくり死ぬ方法ボケて身近なことができなくなり、周りの人の名前すら思い出せず、自分の人格が失われてしまう……。
知症は、想像するだけで恐ろしい病気です。ことに、認知症になった近親者を介護した経験のある人なら、の怖さを身にしみて感じているはずです。
認そ認知症の原因となるのは、おもに脳血管障害脳卒中やアルツハイマー病などです。
ような認知機能障害が出てきたときには、たいていそのように診断されます。
生活に支障をきたす。
健康に過ごしていくかを考えましょう。

認知症脳梗塞や脳出血を起こしたために脳

脳血管障害の認知症では、脳の血管が詰まったり破れたりすることによって、その部分の脳のはたらきが悪くなり、もの忘れなどが起こります。頭痛、めまい、耳鳴り、しびれなどが見られることもあります。障害された場所によって、ある能力は低下しているけれど、別の能力は比較的保たれていることがあるのも特徴です。
記憶障害がひどくても、人格や判断力は保たれていることが少なくありません脳血管障害の場合、画像診断でごく小さな病変が見つかっても、それがボケの症状の原因になっているかどうかの判別は難しいものです。これまではそういった病変があると、脳血管性痴呆と診断されてきましたが、実際はアルツハイマー病が痴呆の原因となっている、脳血管障害をともなうアルツハイマー型痴呆である場合がよくあります。ちほういしゅく日本でも最近広がっているのは、このアルツハイマー型の認知症です。病理学的には脳組織が萎縮し、大脳皮質に老人斑が出現します。


医療費がどんどんふえています。

ガンに進行することもあります

老人斑とはベータアミロイドという異常なたんぱく質の沈着です。また、記憶にかかわるといわれているアセチルコリンなどの神経伝達物質の減少も意味しています。その原因ははっきりとわかっていませんが、これは老廃物の沈着を意味しますから、その元をたどれば血流障害があったということです。老廃物はアルミニウム、鉄などの金属を核としてたまりやすい性質があります。一時期、危険性が叫ばれていたのはアルミニウムの鍋などです。現在では認められていませんが、かつては、アルミニウムイオンの摂取がアルツハイマー型痴呆の原因の一つとの説があったくらいです。私たちにとってもっとも身近なアルミニウム製品といえば、ビールや清涼飲料水などの缶で、飲み物のなかに微量であっても溶け出している可能性は考えられます。
金属を核として老廃物がたまりやすいのですから、とりすぎれば危険であることは確かで、まったくの的外れとはいえないでしょうが、日常的にそれほど多くとる機会はないでしょうから、一般には認知症の原因とは考えられませんやはり問題なのは血流障害でしょう。たとえば、慢性的に血圧を下げる薬などを飲んでいると、循環障害を起こして脳の血流障害に結びつくので、認知症になる危険性は高くなると考えられます。また、じっとしてからだを動かさない生活は、低体温を招き血流を悪化させます。
薬の場合


医師や看護師が経過

遺伝的要因も考えられますが、若年性アルツハイマーも含めて、むしろ、スが強くて血流が悪くなることが認知証の原因と考えられるのです。
無理を重ねて大病したり、ストレ病気で寝たきりになったり、ボケたりしたら、せっかく長く生きられても人生を楽しむことなどできませんまずは健康維持が第一です。そのためには無理をしないことですが、だからといってラクをしすぎてもいけま基本的には、日ごろから体操や運動を習慣づけ、入浴でゆっくりとからだを温めることです。
で大病は防げます。そして好奇心を旺盛にすることです。こうした生活私の理想は、百歳まで健康に生き、自力で食べる力がなくなったときには死期を悟って、食も断ち、そのまま恍惚状態で死ぬことです。空海のように水も実際に百歳まで生きるのは難しいことでしょうが、免疫を研究し、健康な生き方を説いてきた立場としてはそれくらいまで元気で生きなければならないと自分を鼓舞しています。

検査を受けておくのがよいのです

認知症の患者さんと話すのに昔の話ができない

細胞によってその性質はすこし違いますが、生理機能に重要なはたらきをもっており、からだの塩分濃度は一定に保たれています。塩分がないと生命を維持することができません。
しかし、塩分過多は高血圧、腎臓病、心臓病などの原因になります。戦後、それまで日本人は塩分をとりす。ぎたといって減塩運動が起きました。ことに東北地方は脳卒中が多かったので、減塩運動が非常に盛んになりましたが、なかでも青森では「果物をたくさん食べましょう」とリンゴを奨励したのです。その結果、昔はいなかった冷え性の人が非常にふえたといいます。その人たちの共通点が、塩を控えめにしてリンゴをたくさん食べることだと指摘する医師もいます。とりすぎを恐れて極端に塩分を制限しすぎると、今度は塩分不足のために昏睡状態となることもあります。
認知症を引き起こすというわけです。

炎天下で汗をかいたときには、水分だけでなく塩分も補わないと血中のナトリウムイオン濃度が低くなり、からだはその濃度を一定の範囲に保とうとして、さらに汗をかいたり排尿しようとするため、いっそう水分不足となって熱中症や痙攣を引き起こす場合もあります。
いれん塩分については、頭で考えるよりも、からだの声を聞けばいいのです。たとえば食べ物に醤油をかけたいと直感的に思ったときには、からだが塩分を欲している証拠です。しかし、そばのつゆなどを残さずに飲んであとで喉が渇いて水を何杯飲んでも飲み足りないというのでは、塩分のとりすぎです。塩分を水で希釈することを要求する、からだの声そのものなのです。
心が病むのは太陽の光を浴びなさすぎるから最近は紫外線の害が話題になっています。紫外線に当たりすぎるのは危険ですが、かといって太陽の光を浴びないのも問題です。ひと昔前は、子どもは夏の日射しをたっぷり浴びて真っ黒になるのが健康的だといわれたものですが、それでいて、皮膚がんがそれほど多かったという話は聞きませんシミそばかすの原因にもな膚の老化を促進します。常識海水浴で何時間も太陽に当たることが危険なのはわかりまたしかに紫外線は皮膚がんを誘発しますし、的に考えても、ですから、真夏に日射しの強いところに出て、女性が神経質になるのもわからなくはありません。

薬を処方されるのに慣れてしまった人

  • 遺伝子レベルでプログラムされて
  • 神経の緊張を解消しようとしているのです。
  • ホルモンの分泌が盛ん


治療が寿命を縮めることになったのです。


神経炎のために運動障害や知覚障害を起こしたりするほ

す。
しかし、それも程度問題なのです。最近では、脳内セロトニン神経の活性化のためには、朝三十分程度、太陽の光を浴びる必要があるという東邦大学の有田秀穂先生による研究もあります。脳内のセロトニンが不足すると、うつ状態になったり、キレやすくなったりするというのです。ひきこもり、うつ、あるいはキレて暴力行動を起こす人がふえたのはつには脳内セロトニン神経が弱っているからという見方です。家にひきこもれば、当然、外の光を浴びないので、セロトニン神経はますます弱ります。自律神経から見ても、太陽の光に当たらないと、ひ弱になります。ひきこもって日射しを浴びることがほとんどないと副交感神経優位に偏りすぎて、過敏で傷つきやすくなります。
認知症の患者さんの多く

症状がなくても少し気を配るとよいと思います。

いっそうひきこもりがちになり、悪循環です。自殺に走る子どもは、外で遊ばない傷つきやすいタイプが多いのです。そういう子どもはリンパ球の割合が過多で、おとなしくて色白で、いろいろな刺激に過敏で傷つきやすいのです。ここからも、太陽の光が人間にとって重要なことがわかります。もちろん浴びすぎは危険ですが、いまはUVカット用品など紫外線の害を防ぐものがいろいろとありますかすぐにその知識だけに頼ろうとするのはら、それらを活用すればいいのです。紫外線が悪いといわれれば、からだの声を素直に聞いていることになりません。
ところで私たちは、運動したり動きまわって、重力に逆らって生きています。逆らいすぎると疲労しますしまったく逆らうことなくじっと動かないでいると、歩けなくなり、しまいには寝たきりになってしまいます。


治療を受ける。

ホルモンも用意しました。

適度な重力にさらされることで、私たちは健康を保っているのです。ですから、運動がからだにいいといっても、元気な子どもや若いうちならいざ知らず、中高年になってスポーツをやりすぎると、かえってからだを壊してしまいます。七十歳前後の男性が「慢性骨髄性白血病になった」と私の講演を聞きにきたことがあります。骨髄のがんは骨に負担がかかって骨髄が刺激された結果起こる病気です。「立ち仕事など無理が重なったのですか?」と聞くと、「定年になって十年も経つし、つらいことはしていない」といいます。そこで「何か運動をしていないですか?」と尋ねたところ、その人は縄跳びが趣味で、毎日何百回とやってきたというのです。それでは、骨に過度な負担がかかります。この人の場合には、重力に逆らいすぎたことが原因で病気になったと考えられるのです。おっくうかといって、運動をしなさすぎても、今度は重力への対応ができなくなり、なってしまいます。それが進めば無気力なボケの世界へとまっしぐらです。
ひ弱になって歩くのも億劫に食を考えてみましょう。かつて、終戦直後の六十年前は日本中が食べることに困り、栄養失調で病気になって多くの人が亡くなりました。いまは食べるものは豊富ですが、食べすぎ、栄養のとりすぎがさまざまな病気を引き起こしているのが現代です。
薬を増やせという


細胞にさまざまな悪さをするわけです

セックスレスが最近、問題になっていますが、肥料をやりすぎると花が咲かなくなる植物と同じで、人間も豊かになると子孫を残す使命を忘れるのでしょうか。とはいえ、飢えてひもじいとなったら、食べるほうが先決ですから、セックスなど後回しになります。セックスは、ある程度は満ち足りた世界でないとできないものでしょうが、満ちたりすぎても、欲望が違う方向に向いてセックスレスになるのかもしれません。
このように、人間が生きるうえで必要なものが欠乏すると問題ですが、過多になっても問題が生じます。どちらに偏ってもよくないのです。それを判断するためには、自分のからだの声にもっと耳を傾けることです。
七十歳までは仕事をしたほうが健康にいいいま、日本人の平均寿命は男性七九.00歳、女性八五.八一歳(厚生労働省の二00六年簡易生命表
による)で、二○○六年は過去最高を更新しました。男性の二〇·六パーセント、女性の四三.九パーセントが九十歳まで生きる計算になります。
そうなると、これからは定年後をいかに健康的に生きるかが問題になります。