健康に過ごしていくかを考えましょう。

治療ではありません。

いまは六十代になってもまだまだ体力があり、好奇心も旺盛な人が多いですから、六十歳で仕事をリタイアするのは早すぎる感があります。これまで働きすぎがからだを壊すと強調してきましたが、まだ体力も知力も十分にあるうちに仕事をすっかり辞めてしまうのも、これまた健康を損ないやすいものです。
趣味ややりたいことがいろいろとあって、いるのならば、仕事を離れて自由な時間ができたら、それをやるとすでに決めて六十歳で会社を辞めて悠々·自適の生活もいいでしょう。
しかし、仕事一筋で生きてきた多くの人たちは、会社を辞めて仕事からすっかり離れてしまうと、何をやっていいかわからなくなるものです。しかも長年のあいだに、仕事中心の人間関係しかなくなっているので、とたんにつきあいもなくなってしまいます。そうなると、何をやるでもなく、一日じゅう家でぼんやりと過ごす。だけになりかねません。そんな生活では、からだは丈夫であっても頭がはたらかなくなり、ボケやすくなります。
経済的な必要性があるかどうかは別として、からだも脳も健康に保つためには、できれば七十歳くらいまでは仕事を続けることをお勧めします。人それぞれですが、六十代半ばを過ぎると、それまでと同じような仕事量をこなすのは体力的にきつくなります。六十五歳を過ぎても働きつづけるのならば、半分くらいのペースに落とすことです。毎日なら午後三時か四時くらいには終える、あるいは週の三日だけ出勤するというのが理想的です。経営者であれば会長にでも退いてマイペースで仕事をするのも可能でしょう。専門的な技術をもっている人も、嘱託やフリーで働くことは比較的容易です。ふつうのサラリーマンが定年後も臨機応変に働くのは難しいと感じるかもしれませんが、それまでのキャリアを気にしなければ、どんな俵だってあるものです。
仕事をしていれば、通勤などもあって必然的にからだを動かします。それくらいのことでも健康にはいいのです。活力ある生活をすることで、白血球の機能をある程度いい状態に保つことができるからです。ですから六十五七十歳までペースダウンしつつも仕事を続け、並行して趣味の幅も広げればいいのです。日本人の平均寿命の年次推移2006年女79.001971年以前は沖縄県を除く出典厚生労働省の完全/簡易生命表
2県35縄完注出男歳90もちろん、いくつになっても仕事を続けられる立場にいるのなら、体力に応じてペースダウンしながら、死ぬまで仕事を続けるのもいいでしょう。
健康に過ごしていくかを考えましょう。

しかし、ある年齢で仕事から離れざるをえないというのなら、やはり仕事以外に趣味や好きなことを見つけておく必要があります。
もし、その趣味が囲碁や将棋など、からだを動かさないようなものならば、せめて毎日散歩をする、できれば軽い登山やハイキングなど、運動の趣味も併せてもつようにしたいものです。からだを動かしていれば、無気力に陥ることもなく、身体機能も維持できます。
人間の体力は年をとるほど、動かないとすぐに低下します。
以前のように歩けるまでにその何倍もの時間がかかるのです。
七十代、八十代になると、数日寝込んだだけでボケずに健康でぽっくり死ぬ方法ボケて身近なことができなくなり、周りの人の名前すら思い出せず、自分の人格が失われてしまう……。
知症は、想像するだけで恐ろしい病気です。ことに、認知症になった近親者を介護した経験のある人なら、の怖さを身にしみて感じているはずです。
認そ認知症の原因となるのは、おもに脳血管障害脳卒中やアルツハイマー病などです。
ような認知機能障害が出てきたときには、たいていそのように診断されます。
生活に支障をきたす。
脳血管障害の認知症では、脳の血管が詰まったり破れたりすることによって、その部分の脳のはたらきが悪くなり、もの忘れなどが起こります。頭痛、めまい、耳鳴り、しびれなどが見られることもあります。障害された場所によって、ある能力は低下しているけれど、別の能力は比較的保たれていることがあるのも特徴です。
記憶障害がひどくても、人格や判断力は保たれていることが少なくありません脳血管障害の場合、画像診断でごく小さな病変が見つかっても、それがボケの症状の原因になっているかどうかの判別は難しいものです。これまではそういった病変があると、脳血管性痴呆と診断されてきましたが、実際はアルツハイマー病が痴呆の原因となっている、脳血管障害をともなうアルツハイマー型痴呆である場合がよくあります。ちほういしゅく日本でも最近広がっているのは、このアルツハイマー型の認知症です。病理学的には脳組織が萎縮し、大脳皮質に老人斑が出現します。

医療費がどんどんふえています。

  • うつ病の人が増えている。
  • 細胞やそのほかの異物をやっつけてくれます。
  • 遺伝子にも影響を与えて異常をもたらすからです。


免疫機能を高める抗酸化物質


病気になるケースは少ないでしょう。

老人斑とはベータアミロイドという異常なたんぱく質の沈着です。また、記憶にかかわるといわれているアセチルコリンなどの神経伝達物質の減少も意味しています。その原因ははっきりとわかっていませんが、これは老廃物の沈着を意味しますから、その元をたどれば血流障害があったということです。老廃物はアルミニウム、鉄などの金属を核としてたまりやすい性質があります。一時期、危険性が叫ばれていたのはアルミニウムの鍋などです。現在では認められていませんが、かつては、アルミニウムイオンの摂取がアルツハイマー型痴呆の原因の一つとの説があったくらいです。私たちにとってもっとも身近なアルミニウム製品といえば、ビールや清涼飲料水などの缶で、飲み物のなかに微量であっても溶け出している可能性は考えられます。
金属を核として老廃物がたまりやすいのですから、とりすぎれば危険であることは確かで、まったくの的外れとはいえないでしょうが、日常的にそれほど多くとる機会はないでしょうから、一般には認知症の原因とは考えられませんやはり問題なのは血流障害でしょう。たとえば、慢性的に血圧を下げる薬などを飲んでいると、循環障害を起こして脳の血流障害に結びつくので、認知症になる危険性は高くなると考えられます。また、じっとしてからだを動かさない生活は、低体温を招き血流を悪化させます。
遺伝的要因も考えられますが、若年性アルツハイマーも含めて、むしろ、スが強くて血流が悪くなることが認知証の原因と考えられるのです。
無理を重ねて大病したり、ストレ病気で寝たきりになったり、ボケたりしたら、せっかく長く生きられても人生を楽しむことなどできませんまずは健康維持が第一です。そのためには無理をしないことですが、だからといってラクをしすぎてもいけま基本的には、日ごろから体操や運動を習慣づけ、入浴でゆっくりとからだを温めることです。
で大病は防げます。そして好奇心を旺盛にすることです。こうした生活私の理想は、百歳まで健康に生き、自力で食べる力がなくなったときには死期を悟って、食も断ち、そのまま恍惚状態で死ぬことです。空海のように水も実際に百歳まで生きるのは難しいことでしょうが、免疫を研究し、健康な生き方を説いてきた立場としてはそれくらいまで元気で生きなければならないと自分を鼓舞しています。
健康に過ごしていくかを考えましょう。

医師に大切な家族をまかせてはいけない

長生きするだけがいいわけではないもちろん、ただ長生きするだけがいいというわけではありません。生き方は人それぞれです。たとえば、後世に残る名作を生みつづけた夏目漱石は、四十九歳で世を去りました。モーツァルトは、たった三十五年間の人生であれほど膨大な作品を残しています。長生きしなくても、その人生ですばらしい業績を上げて社会に大きく貢献した人たちはいくらでもいます。個人の健康は第一ですが、生きているかぎり、やはり何らかのかたちで社会に貢献する、あるいは次世代に何を残すことは大切なことです。ふだん、あまり社会貢献など考えないかもしれません。
ふつうにサラリーマン人生を送って定年を迎えた人が、どれだけ社会に貢献したかと問われても答えられる人は少ないでしょ社会貢献といっても、夏目漱石やモーツァルトのように、後世に名を残す活動だけが該当するわけではありません。あるいは、ボランティア活動のように直接、世のため人のためになるようなことをしなければならないわけでもありません。
人の命を救うことに直接かかわる医者のような仕事が、社会貢献を実感しやすいのは確かです。健康な人をふやそうと独自の考えを広める私のような立場も、自分の存在意義を大いに感じさせてくれています。しかしサラリーマンとして、営業であれ、経理であれ、事務であれ、接客であれ、どのような職業·職種であっても、与えられた仕事を全うすることも、りっぱな社会貢献といえると思います。社会で必要とされているからこそ、そのような仕事が存在するのですから、自分では食べるためにやっているだけで、社会の役に立っているという意識がなくても、それなりに社会貢献していると考えていいのではないでしょうか「こんな営利的な仕事は社会のためにもならない」と、自分の仕事に誇りもやりがいももてず、テキトーに仕事をするのが当たり前になってしまうほうが問題です。
現代人は仕事のやりすぎだから、ほどほどにしなさいと私はこの本で一貫して主張してきましたが、それはあくまでも病気になるほど働きすぎの場合です。仕事などテキトーにさぼれといっているのではありません。
一生懸命に仕事をしなければならないときに、自分の健康第一のほどほどの生き方は問題でしょう。


薬·ゼニカルダイエット

うつな状態

仕事もほどほど、遊びもほどほど、何事も安全志向で定年を迎え、仮に九十歳、百歳まで生きられたとしてはたしてそれがよい人生でしょうか。本人がそれで満足だというのなら、他人がとやかくいうことではありませんが単に健康で長生きが目的になっては本末転倒だと私は思います。健康で長生きしたいのは、自分の仕事を全うしたいがためです。私が百歳まで生きたいのも、私の免疫理論をもっともっと多くの人に伝えたいからです。長い人生のあいだには、多少きつい思いをしても仕事に没頭する時期があっていいのです。実際、二十代後半から三十代、四十代の働き盛りに、健康第一などとはいっていられないでしょう。もちろん無理に無理を重ねるのは危険ですが、ある時期、全力疾走することは必要なのです。
その多忙な時期に、力を発揮できるだけの体力をそれまでに養っておいて、そのあいだは耐えられる体調を維持すること。
無理を重ねて間違った方向に行ったときには、からだが教えてくれているはずなのです。その声をきちんと聞くことができる感性をぜひ養ってほしいと思います。

病気にならない運動と食事

まずは歩くことが基本最後に、からだによい生活のヒントについて、すこしだけお話ししておくことにしましょう。
最近は、とにかくからだにいいというので、歩くこと、ウォーキングが勧められています。
たしかに、歩くことはからだを動かす基本です。

薬の場合


医師や看護師が経過

歩くことで下半身の筋肉が維持できるだけでなく、血流がよくなります。長い人類の歴史のなかで、狩猟·採集·農耕と、人間は生きるためにからだを動かしてきました。からだを動かすのが人間の宿命だったのです。そうした活動の基本は、二足で歩いたり、走ったりする下半身の運動です。それによって人間は健康を保てるようになっています。
ところがいまの時代は、デスクワークが主体になり、からだを動かすことが少なくなってきました。とりわけ問題なのは下半身を使わなくなったことです。私たちの筋肉で大きいのは下半身と腰の周辺の筋肉で、それらの筋肉は歩くことで自然に鍛えられます。じっとしたままデスクワークばかりしていれば、どうしても身体能力は衰えます。
車などの交通機関が整備されたこの三十年、日本人はずいぶんと歩かなくなりました。生活習慣の変化ということでは、洋式トイレの普及も大きいでしょう。
かつての和式トイレはしゃがむスタイルでしたから、それだけでスクワットをやっているようなもので、自然に膝や足首が鍛えられていたのです。人間が進化の歴史でたどってきた、生活のなかで自然にからだを使う機会、とくに、半身を鍛える機会がほとんどなくなってきています。それを意識的につくるためには、というわけです。からだの基本である下まずは歩くことがい歩くスピードは、その人の年齢や体力に応じて、自分で気持ちがいいと感じるペースでいいのです。もちろん、からだのためには通常よりもすこし速く、ちょっとは頑張って負荷をかけたほうがよりよいのですが、ふだん運動していない人がいきなり一生懸命に歩くと、かえって膝などを痛めることにもなりかねません。かといって、あまりゆっくりと歩くのでは筋肉を鍛えることにはならないので、無理のない心地いいスピードを見つけることです。
腹筋·背筋を簡単に鍛えられる体操歩くことは下半身の筋肉の維持には最適なのですが、それだけでは健康を保つには不十分です。腹筋や背筋などは、歩くだけでは鍛えられないからです。かつては重い荷物を持ち上げたり、持ち運ぶ機会も多かったので、腹筋や背筋もやはり自然に使って維持することができましたが、いまは重い荷物があればすぐに車に乗ってしまいます。