遺伝子組み換え作物のほうが数段安全だと思っています。

ストレスを重くします

生活習慣の変化もうひとつは「脳卒中の危険性が41%、乳ガンの発症率が26%増加」という記事の書き方について。1万人のうち4割の人が脳卒中に、4人にひとりが乳ガンにかかると勘違いしかねません。脳卒中の41%の意味するものとは、論文をみると平均63歳の女性1万人を-·年間観察してみると、脳卒中で倒れる人が21例あり、一方HRTを受けている女性は29例双方を比べるとHRT受診者のほうが8例、多かったということです。

1万人の中でこのくらいはあたりまえかなという範囲の数値です。問題は1万人の中での8例の多さをリスクと考えるかどうかなんです。また、乳ガンについてもこれまで何度も臨床試験をしています。この程度のリスクについては以前からいわれていて、決して目新しい情報ではありません
と小山院長。
日本更年期医学会の見解としては以下の通りです。
「臨床試験の結果は対象となった女性の肥満度からいっても、わが国の閉経後女性の10%にも満たない群を対象としたもので、日本女性はもともと欧米人に比べ、乳ガン、血栓症などの発症率も半分以下のため、そのまの結果をあてはめるのは無理」。
HRTのさまざまな恩恵を考えると、この程度のリスクは許容範囲と考えてよさそうです。期指對TZEIT自分自身の更年期症状の楜子を知りましょうまずは簡略更年期指数であなたの更年期度をチェックしてみてください。

うつ診断法

認知症は治りませんと介護家族に告げている

項目を見ておわかりのように、更年期症状の中にはのぼせや発汗などの血管運動神経症状、イライラや抑ウッ症状などの精神症状など、発症の原因が異なる症状が混在している例が少なくありません。
更年期障害といえば、閉経による卵巣機能の低下がその原因だと思われがちですが、たように実は原因はひとつではありません。(簡略更年期指数は次項参照)。
プロローグでご紹介しつまり、卵巣機能の低下だけでなく、家庭や社会的な環境によるストレス、あるいはストレスに弱い性格などが複合的に絡み合って、更年期のさまざまな症状をおこすということが確認されています。
そのために、医師が更年期の患者さんをみるときには、「身体の一部として内分泌や組織の検査をするのと同次元、同レベルで心理·社会的な検査も行うべきである」。
そう力説するのは、朋佑会札幌産科婦人科の郷久鉞--理事長です。
これはそれほどむずかしいことではなく「単に身体症状に注目するだけでなく、時間を少しさいて患者さんの置かれている環境的なストレスはないか、あるいは性格的にストレスを受けやすい体質ではないかといったことについて問診する。すなわち、今までの家族歴や、現在の生活環境について詳しく予診をとっていく作業を行いながら、患者の反応を観察してみるとだと思います」。郷久医師は産婦人科医として「更年期障害は心と体を分けて行う診療はよくない」との考えから、1970年代から更年期女性の診療を心身医学的な立場から行ってきた実績をお持ちです。郷久医師は更年期障害の心身医学的アプローチとして、更年期医学会雑誌2001年4月に次のような方法を紹介しています。老化が起きるのかという

健康診断などの血液


これは精神医学的な分類方法とは違った独自の方法ですが、我々更年期の女性にとってはより実情に添ったわかりやすいアプローチなので、ご紹介します。病型を4つのタイプに分けていくとい新患の患者さんに対してまず行うのは時間をかけて心理面接をして、います。①身体型いわゆる一般に更年期障害と考えられているタイプ。原因は卵巣機能の低下によるもので、郷久医師の調査では更年期障害の30-45%を占めているといいます。典型的な症状が顔のほてりやのぼせ、発汗などで、いわゆる血管運動神経症状といわれるものですHRTや漢方薬が奏功します。この身体型は比較的治療が簡単で%が軽快するといいます。
②心身症型郷久医師の説明によると、「誤った生活環境に無意識に無理して適応しようとしたために生じた精神的ストレスによる身体の破綻といえる。
本来持っている情動を抑えて生きてきたため、表情に乏しく感情表現も不自然である。したがって治療の目的は誤った生活環境に対しての気づきとライフスタイルの改善、そして生き生きとした情感の復活にある」。誤った生活環境とは強いストレスを感じる環境といいかえられます。それに長年耐えてきた結果がこのタイプです。③神経症型先天的あるいは幼少時に形成されたものによるところが大きく、訴えが多く、環境への適応がうまくいかないタイプ。自分自身をよく把握し、環境への接点を発見することが大切だといいます。心身症型、神経症型はどちらもよく話しを聞いてあげること。
「更年期障害の診断·治療が困難だという印象を与える原因は、いってもよいだろう」と郷久医師は言います。それに抗不安薬が治療の助けとなります。

予防する有効な方法

病気欠勤が終わる頃

症状·原因発作は夜間から早朝にかけて起こりやすく
この心身症型と神経症型2つの存在によると01年、更年期症状の中でも精神症状に焦点を絞った本『更年期無気力シンドローム』主婦の友社をまとめました。同書では、とくにウツ症状とその治療について取材を進めたのですが、体験者の中にウツ病とよく似た症状なのに、ウツ病の治療では症状がすっきり改善しない患者さんが何人かいました。なぜ、よくなっていかないのだろうとずっと気になっていましたが、變医師から、心身症、神経症の指摘を受けてなるほどと合点しました更年期障害患者の30-45%を占めるが、郷久医師のデータによると、心身症型と神経症型を合わせると、療予後良好は80%弱で、身体型より悪いのがわかります。4ウツ病型治最近、不定愁訴を訴える人にウツ病患者が多いことがマスコミでも話題になっています。
外来を受診する更年期障害の2030%がウツ病だといいます。郷久医師の婦人科抗ウツ薬の投与が治療の主体となり、薬の加減等で劇的に改善することが多いようです。
ウツ病は生真面目で責任感の強い人がなりやすく、頑張りなさいといった励ましは逆効果で、とにかく休養をとることが大切でホルモンは怖い
との自分でよく考えてください「ホルモンは怖い。だからやめなさい」との声を耳にするたびに、その根拠はなんだろうと考えます。そう忠告する人たちは糖尿病にはインスリン、甲状腺機能低下症には甲状腺ホルモンを補充するのも怖いと考えているのでしょうか。
女性ホルモンのプレマリンエストロゲン剤はアメリカでは60年以上前から売り出されている薬です。当然、さまざまな研究がなされていて、エストロゲンは脳や目、歯、血管運動、大腸、尿路生殖器、骨などに作用することがわかっています。
参考までに、郷久鉞11医師が更年期障害患者1219例を心身両面から診療した結果とHRTとの関係にっいてのデータを紹介すると、身体病型の患者さん508人のうち、317人6割以上がHRTの治療を受け、そのうちの9割以上が予後良好という結果になっています。また、心身症や神経症、ウツ病タイプの更年期障害でも、HRTと他の薬を併用したほうが、治療効果が上がることがデータから読み取れます(『日本更年期医学会雑誌』9号、2001年)。
ただ、その使い方については議論の分かれるところ。「なんでもかんでも更年期の身体不調にHRTでは精神症状を訴える患者さんの治療が抜け落ちてしまう」と指摘する医師もいます。
薬を急に変更する

薬は脳のエンザイムを多量に消耗させる

忘れてはいけないでしょう。
年期嵐がきっかけで結婚されたケースも。
これも人生のないでしょうもちろん、症例1の浅沼さんのように50代半ばにして仕事をやめて結婚、専業主婦になるというのは稀なケースに違いありません。しかし取材した更年期女性が少なからず、かなり劇的な変化を体験しています。その事実に改めて驚かされるとともに、ときにその劇的な変化がより豊かで充実した人生への道筋を予感させてくれたのはうれしいかぎりでした。
夢中になれることや好きなことで気きない。
更期ウツ症状のひとつ自分がウツ状態にあるかどうか、重要な目安となるのがこれ。
いままでは楽しいと思えたことに対して興味や喜びを感じない。
気持ちが反応しない日が続いているとしたら、ウツ状態を疑ってください。
まわりもウツ状態の人に向かって、「夢中になれることをみつけて、気分転換しなさい」
と勧めるのはひかえましょう。
こうした励ましは逆効果になるだけ。
本人はそれができないから苦しいのです。
ゆっくり休みなさい
と声をかけてあげてください。
66歳の今もHRTを続けている。
質の高い人生を考えば長く続けるのも秘HRTが骨粗鬆症の予防や総コレステロール値を下げる効果、アルツハイマー病を予防する効果があることは知られています。閉経後の女性にとって、HRTは心強いサポーターであるのはいうまでもないでしょう。

女性の平均寿命が86歳の時代に、そうした予防を考えると、HRTほどすぐれた方法はほかにはないのではものすごく暑くなって、汗びっしょり1な更年期症状と考えましょうほてり、多汗はよく知られる典型的な更年期症状のひとつで、現できない実感が、体験談でよくご理解いただけたでしょうか。
HRTがよく効きます。
医学書の説明では表しかないと思い込む年期ウツ症状のひとついくつかの病院のデータをみてみると、更年期障害の中でウツ病型の患者さんはだいたい2~3割にのぼります。ウツ病型の場合、いちばん注意しなければならないのは、病状が重くなると自殺するおそれがあるということです。ちなみにウツの症状はまず、これから先、生きていく自信がなくなり、自分の能力や仕事、その他のことがらに今まで持っていた自負心がなくなります。『自信の喪失』は未来がないという感じをもち、過去が逆にいわば肥大し、後悔ばかりするようになります。『あんなことはしなければよかった』と繰り返し思い、口に出していうようになります。
ストレスを重くします

健康の基本

健康で長生きする秘訣なのです。
さらに、自分はつまらない、だめだ、物事がうまくいかないのは自分のせいだ、病気ではなくて自分が怠けているのではないか、会社に申し訳ない、友達や家族に申し訳がない中略病は治る』渡辺昌祐、保健同人社実際には本人に何の罪もないことでも、自分に責任を負わせ、自分を苦しめるのです
『ウッアドバイスがドクターによって正反対。
これも現実とわりきるのもとくに更年期に関しては症状の客観的評価が難しいため、のはありがちです。
診断、治療はドクターによって異なるという後山尚久医師は治療についてこう語ります。治療の中で患者さんに『とにかくなにもしないで、休んでください』と指導しても、そのなにもしないというのがストレスになる人もいます。
逆にそう言うとそれが奏功して、すっかりよくなる人もいるんです。なにもしなくていい、うれしい!と思える人と、本当にいいのかなと疑問に思う人がいます。すごいストレスを受けながら病気にならない人もいますよね。そのストレスに感じない方法がわかれば病気を免れることができるただし、その方法というのがひとりひとり違うんです。それを患者さんといっしょに見つけ出す、答えを出す。というのが更年期の精神症状の治療なんです
年にとって大きなプレゼント。
そう考えらしめたもの「60代はまだまだ夢があって楽しい世代です」。「これからは素のまま、自分らしく生きていきたい」。どちらもつらい更年期の体験を乗り越えて、語った人生讃歌。更年期の暗いトンネルから抜け出したときにはそれまでとはまた違ったおもしろそうな人生が待ち受けていることを、多くの体験者たちは教えてくれています。

ストレスが軽くなることもあるのです。

神経が優位

病気の経過としかし現在リギリのところでがんばってきて、プツンと切れたのが更年期なの更年期障害の体験者を数多く取材しているうちに気づいたことのひとつは、みんなこれまでの人生をずっとまじめにがんばり続けてきた人だという点です。いわばぎりぎりのところまで心身ともに酷使し、持てるエネルギーを使いきったために、そのあげく身体が悲鳴をあげたのが更年期症状ではないでしょうか。このまま走り続けていると、私はダメになっちやうとのメッセージ。今少し自分を見つめる時間をもらったとも考えられませんか。
の人生なんだったの。
この台詞に隠された更年期の意味を知りましょう「この時期は、改めて自分の人生をふり返り、その意味の問いなおしが行われることが特徴であり、れからの半生の方向づけを決めるものである」とは、心理学者の岡本祐子さんの言葉。
つまりがあって初めて、その後の人生の進むべき方向性が見えてくるといえるのです。それはこら問いかけい切ってカウンセリングを受けるのもを早める重要な方法「更年期障害の重い人は話したいことがいっぱいあるんです」と指摘するのは、更年期医療の現場にいる看護師さんです。更年期医療の中で、医師が患者さんの話を聞くことがいかに効果的か、心療内科の伊藤克人医師はこう証言しています。他の病院でなかなか治らない、薬も効かないと訴える患者さんに、別の薬を出すことがあります。しかし副作用が出たので、また前と同じ薬に戻したところ、治ったというケース、決してまれではないんです。その間、私がしている医療といえば患者さんの症状やプラスαの仕事の悩み、家族のことなど、とりとめのない話を聞いてあげることです。そのことからも、話を聞くことがいかに治療に効果的かがわかります。更年期の女性にとって話を聞いてもらう機会が多いのは、なんといっても婦人科医です。

医者の多く

検査方法

しかし、一般の婦人科医にとってはカウンセリングと通常の診療とは天と地、表と裏ほどの違いがあると郷久医師は言います。
患者さんが間違ったことを言っていると怒っている産婦人科医がよくみられるが、間違ったことを言うために受診しにきていると思ったほうがよい。間違ったことを正さないで、じっと聞いてあげることが治療になる。
話が途切れても、なぜそう思うかと質問をせず、そう思うのですねとオウム返しに言うほうが話が続きやすい。

いっぱい間違ったことを言っているうちに自分で気がついていくように仕向けるのがカウンセリングなんで現実問題として、残念ながら話にきちんと耳を傾けてくれる婦人科のドクターは圧倒的に少数派で、あなたがそういう医師に出会えたとしたら、とても幸運だと喜んでいいほどです。
もしなにがなんでもこれで治すという意志の力も決して無視してはいけませ池ドレディースクリニック銀座の池下育子医師のところには、既婚者より独身女性の患者さんが多く来院します。独身者と既婚者の医療を受ける際の姿勢の違いについて、次のようにいいます。
独身者はとりあえず自分ひとりで食べていかなければならない人がほとんどですから、バリバリ現役で仕事をしています。彼女たちは自分の仕事と生活をいかに守っていくかがすごく大きな課題です。それだけに、専業主婦の方たちにありがちな『お薬に頼らないで、なにか別の方法でなんとかよくならないかしら』、などといったあいまいなところはまずありません。医療が徹底されてい

病気がぶり返して再発するケース


もっと真に迫っていて、『とりあえずいいと言われているHRTを試してみて、合うか合わないかをみたい』と、自分の意志をはっきり最初から明示してくる方が、私の印象ですが多いような気がします。いいといわれるものを積極的に試すという姿勢、本当は解決の早道なのですが。

「私はがんばりすぎ

?」
更年期に多いウツや心身症。
その理由を探ってみるとがんばりやさん
ではないですか?
あなたは更年期症状の中でもウツ状態になる人は増えているといいます。更年期障害で来院する患者さんのうち、67割はウツ状態を含めた精神症状の訴えをもっているという報告もあります。それは、更年期の女性にかぎったことではなく、ストレスの多い現代社会で暮らす現代人はだれもがウツ病の予備軍といってもいいのかもしれませんが。

ただ、ストレスは若くて元気なときはちょっとした気分転換でやり過ごせても、更年期の体力、機能の衰えた身体にこたえるのも事実。老親の介護が始まったり、職場の配置転換などでいままでにない大きな心身の負担が加わると、それまでのがんばりも限界に達して悲鳴をあげます。とくに、「几帳面で責任感が強い、他人からものを頼まれると嫌と言えない、というような性格気質これを専門用語で『執着気質』といいますがこのような人はストレスを背負い込みやすく、ウツ病になりやすい性格気質であるといわれている」と、指摘するのは心療内科医の伊藤克人医師です。大きな変化をどう受け止めるか。その受け止め方の違いで、ストレスを強く感じる、感じないの差は大きく開きます。親に対して、仕事に対して、人間関係に対して、自分はこうありたい、そのためにこれだけがんばるという、そのがんばりが限界を超えたとき、身体は変調をきたします。
そうした過剰なストレスの影響はまずは身体に出て、やがて心にも影響を及ぼします。その身体的前触れが不眠といわれています。不眠はウツ状態を暗示するサインとも受け止めてよいでしょう。身体だけでなく心も疲れているのです。そんなときは休息あるのみです。十分な休息の最中に、こんな問いかけが聞こえてくるかもしれません果して、あなたはこの先もこれまでと同じようにがんばり続けるつもりなの?

ストレスが軽くなることもあるのです。

神経生活にはリズムが必要なのです。

検査で異常が見つからない自律
更年期はこれから先に続く後半の人生の入口です。そこに立っていると気づいたとき、やり方は通用しないという答えが、いまある心身の不調ともいえるでしょう。
この先の人生は同じ前半生の終わりが見えた今が、この先の人生を楽しみ、さらに自分にある可能性を伸ばしつづけるため自分の性格気質をよく知ったうえで、自分自身の一部手直しをするチャンスではないでしょうか。自分の人生になにがいちばん大切なのか、この先迷子にならないためにも、後半生の始まりに知っておく必要があるでしょう。もし、まだ知らないとしたら、今のうちに見つける努力をするのは決してむだではありません【体験症例④】「眠れないのはもしかしたら更年期」
「もう、これ以上頑張れない!」。
更年期にありがちな不眠は、身体からのそんなメッセージのことが多いものです。たとえば、ここでご紹介する須藤百合子さん仮名·54歳のように。百合子さんの不調の訴えは風邪の症状からでした。肩凝りがいつになくひどく、体がだるく、喉も痛い、多少寒けもしました。わが身をだましだまし仕事に出かけていましたが、風邪の症状は一向に改善されません。休みをとって2、3日家にいると眠れなくなったのです。かかりつけの診療所のB医師を訪ね、なかなかよくならない症状を説明すると、安定剤と睡眠剤を処方されました。少しは眠れるようになったものの、頭がボーッとして思考力がなく、ひどい肩凝りも改善されません。グズグズと症状がとれないまま1か月近くたったある日、睡眠剤を飲んで寝たにもかかわらず、夜中の3時に目が覚め、それっきり朝まで眠れなくなりました。
症状の他

うつと付き合う秘訣でもあります。

B医師にもっと眠れる睡眠剤を出してほしいと頼んでから、ずっと心にひっかかっていた疑問を口にしまし私が眠れないのはもしかしたら更年期で、婦人科へ行ったほうがいいのでしょうかするとB医師からは思いがけない言葉が返ってきました。
「あなたの場合は眠れないんだから、婦人科より精神科へ行ったほうがいいと思いますよ」
百合子さんは婦人科へ行くことを頭から否定され、さらにまったく考えてもみなかった精神科と言われたのが大きなショックでした。この1か月、症状が悪くなるばかりで落ち込んでいるところに、医師のこのひとことがさらに落ち込ませることに。
では話にならないと、百合子さんは病院を変える決心をしました。

新聞記事をたよりに、更年期医療に関しては全国的にも名前の知れた大学病院の更年期外来を訪ねました病人には膨大とも思える問診表に記入し、血液検査、内診、運動神経の検査のあと、長時間待って、ようやく診察の順番がまわってきました。担当の30代の医師は現在の症状を簡単に尋ね、百合子さんがB医師からだされていた薬を見せると「これで眠れないということはないですよ。
続けて飲んでください。
あと、漢方薬を出しておきますから」
と断定的に言って、診察は3分ほどで終わりました。
いと言われ、失望感だけが残りました眠れない
と訴えているのに、眠れないはずはな2度目の診察でも担当医はほとんど百合子さんの話を聞くこともなく「検査の結果を見ると、典型的な更年期障害です。子宮ガン、乳ガンの心配はありませんから、らく行って様子をみましょう」
HRTをしばと一方的に説明をしただけHRTについての説明も一切ありませんでした百合子さんの話を聞いて、更年期医療のリーダーシップをとっている大学病院とは思えないようなお粗末な対応に、驚きを通りこして憤りに近いものを感じます。その後も症状が変わらず、眠れない不安でパニックになりそうになっていた百合子さんは、病院がお正月休みに入るまえにどうしてももう一度診てもらわずにはいられなくなり、再び担当医に電話。すると今度は「あなただけが患者じゃないのだから、もう少し様子をみなさい」と怒られてしまいました。

医者の多く

免疫機能が活性化する

病気と間違えているわけではありません
眠れない上に、医師からすっかり見放されてしまったと感じた百合子さんは不安感を募らせていきました。
そんな矢先に、肩凝りの治療のため通っていた中国の整体の先生から、「薬に頼っていてはいつまでたっても治らない。睡眠剤はやめて、毎日ウォーキングをしなさい」と勧められました。言われるままに睡眠剤をやめたところ、百合子さんはその日から一睡もできなくなってしまったのです。まさに溺れる者は藁をもつかむの言葉通り。医師との信頼関係をうまく築けなかったために、病状が改善されないばかりか、思いがけない落とし穴にはまってしまいました。
百合子さんは思い余って夜中に、病院を変えたほうがいいわよ親しい友人にSOSの電話を入れました。
い先生を紹介してあげるから、朝まで待って
翌朝、百合子さんは友人に抱き抱えられるようにして、更年期医療では良く知られたC医師のもとを訪ねました。憔悴しきっていた百合子さんでしたが、涙ぐみながらこれまでの経過や不安感を医師に訴え続けているうちに、気持ちが驚くほど落ちついていくのを感じたといいます医師は40分ほど百合子さんの話に耳を傾けたあと今出ている薬も睡眠剤ですが、ほかの薬に変えてみますかと尋ねた上で、薬を変えることを提案しました。
「不眠もウツの症状のひとつですから、気分が少し元気になる薬をだしましょう」
と説明し、改めて睡眠剤と女性ホルモン、断は大学病院と同じ更年期障害ウツ状態
それに抗ウツ剤、でした。

抗不安剤、漢方薬を処方しましたC医師の診C医師の「眠れないのもウツの症状のひとつ」の言葉に、という自分につけられた診断を理解し、納得しました。
百合子さんはそのとき初めて更年期障害ウツ状態「そのへんの気持ちを訴えればよかった」
百合子さんにとって、専門家の医師にゆっくり話を聞いてもらえたことがなによりの薬になったのでしょう。
その夜、2か月ぶりに安心してぐっすり眠りました。
ただ、睡眠に改善はみられたものの、頭がボーッとして集中力がない、気分的な落ち込みはすぐには回復しません。またひどい肩凝り、動悸もあり、とうてい仕事を続けられる状態ではなく、診断書を会社に提出して半年間の病気欠勤することになりました百合子さんが勤務する職場は国の外郭団体で、就業規則も公務員に準ずるところが多いせいか、民間企業に比べると働く女性への手厚い配慮がなされているようです。

予防する有効な方法

治療が効いて

薬に頼ることなく病気欠勤の診断名は更年期障害ウツ状態。百合子さんが更年期障害で病欠をした最初の事例となりました。幸い、職場では抵抗なく受け入れられたようです。職場で理解されたのは、ふだんの百合子さんのまじめな勤務態度への評価の証ともいえるのでしょう。
それにしても、いったいなぜ自分はウツ状態になったのか、百合子さんは家で静養しながら自問自答しまし改めて振り返ってみると、仕事のストレスは少なからずありました。
係長から課長代理に昇進しました「それが気づかないうちにプレッシャーになっていたのかもしれない」
2年前に部署が変わって、それに伴いと百合子さん。
新しい部署は人員削減も同時にあり、その分仕事がきつくなっていました。

また、仕事の内仕事はおもしろいが、プレッシャーもあり、容もデスクワークから顧客の相談窓口へと大きく変化いられるポストでした緊張を強閉経したのも異動があった頃。同居する母親が体調を崩し、通院に付き添って、午前中休暇をとることが増えたのもこの頃です。身辺の変化が重なりました。
自分ではがんばるぞ、という気負った気持ちはなかったつもりでしたが、課長代理はもうひとりいるのにやっぱり女性を意識して、肩に力が入っていたかもしれません。それに母のこともあり、気が休まるときがなかったのもいけなかったのでしょうと、百合子さんは改めて当時の自分を分析します。振り返ると、当時、更年期の自覚はまったくなかったものの、更年期の兆候はたしかにありました40代半ばくらいから関節の痛みや、のどや鼻の乾燥でしょっちゅう耳鼻咽喉科へ通院したり、膝が痛くて茶道のおけいこを休んだり、寝汗をかいたり不眠に始まるウツ症状が出たのは、新しい部署に異動になって8か月㎡仕事に追われ、家に仕事を持ちかえって、夕食もそこそこに翌日の会議の予習をしたり、出張先の打合せの原稿を作った分の許容範囲を越えていると、不安感を感じるようになったのは半年くらいたった頃だったように思うと、百合子さんは振り返ります。
症状を持つ人の中

ストレスがたまることはよくあります。

そのへんの気持ちをもっと課長に訴えればよかったと、思います。下のスタッフに仕事を振り分けるとかなんでも自分が請け負ってしまう浅はかなところがありました
仕事の量が自こんなこともありました。課長に呼ばれて仕事を言いつけられたときのことです。これ、やってもらえるはい、いいですよと百合子さんが即座に答えると、「あなたは仕事をできないといって断らない人だね」と、課長は百合子さんの顔を見上げました。百合子さんはなんの疑問もなく答えました。仕事ですから
しばらくたってハタと気づきました。

そうか!
ところが、ああ、仕事は断ってもいいということなのね以前の部署では感じたことのない不安感。
仕事がめいっぱいになってきたときに、上司はきちんと部下の仕仕事をふりわけてほしいという思いも直接訴えることはなかったものの、課長に対し事量を把握した上で、て内心不満も感じていました。
HRTでの治療が始まって、まず不眠が改善されました。しかし、落ち込みや不安感といった精神症状が2か月ほどたっても変化がなかったため、C医師から抗ウツ剤を処方されました。
自宅で療養中は本を読んだり、部屋の掃除をしたりする程度はできますが、外出はだめ。母親の代わりにデパートの地下食料品売り場へ買い物に行ったところ、人込みで急に不安感に襲われ、買い物もせずに人込みから逃げるようにして帰宅自分でも驚いたことがありました。
治療を開始していくのがよいと思います。

健康保険制度ではちょっと無理。


そんな経験は生まれて初めてでしたから、情けないと、落ち込むんですよ。あとから、そうしたことは更年期のウツ状態にはありがちだと知って、なーんだと思いましたけど改善の兆しが見えはじめたのは、会社を休んで3か月余りがたった頃からでした。
「私は抗ウツ剤のおかげかなと思ってます。それとHRTがようやく効いてきたのかもしれません」
また元気でやれるのではないかと自信がそのころから早起きをして早朝散歩を心がけ、フォーラムにも月1回出席するようにしました。
外出の機会をつくろうと、C医師のクリニックが主催する職場の上司や同僚、友人に恵まれていたのも、回復の大きな助けとなっています。休職中、上司に「現在の部署は荷が重いので、異動させてほしい」と申し出ました。しかし、「病気欠勤中の場合、病気が完治するまで異動させない」というルールにのっとって、「とにかくよくなるまでなにも考えずに休みなさい」と温かい言葉また、自宅療養中は社会から取り残されているような不安感や焦り、恐れを感じるもの。でも、筆まめな百合子さんは職場の同僚や友人たちに手紙を書いて、自分の現在の状況を打ち明け、理解を求めたのも幸いしました「ほとんどの人たちはわかってくれました。
なにげない励ましの手紙をくれたり、ウォーキングに付き合ってくれたり、食事にさそいだしてくれたり」
そうして4カ月余りたった頃、自分でもはっきりとわかるほど元気になり、6カ月目に職場復帰を果たしました復帰してからは仕事を休むことなくフルタイムで、ときには残業もこなすほど元気に。
ただ、病気の前と後では仕事に対する取り組み方に大きな変化が見られます。
今回、更年期障害でとてもつらい思いをして、さらに職場の40代の女性がガンで亡くなったりしたんです。
ふだん考えたことがなかったけれど、人間は生まれてから一歩ずつ死に向かって生きているのを、改めて感じるようになりました。
医者の多く

細胞間を経て静脈にもどります。

薬を飲みつづけている
それだけに、日々精一杯生きていかなければならない。それは仕事でつっ走るということではなく、もっとのんびりゆったり生きたい。仕事だけでなく、社会や地域につながりながらなにかしたいという気持ちがわいてきました。そう思えるようになったのは大きな収穫でした
友人から「30年間の疲れが積もり積もったのよ」といわれましたが、たしかに本人も目いっぱい一生懸命走ってきたという自覚があります。とにかく、無理はしないと決めました。
さて、5月に職場復帰を果たした百合子さんは、翌年の1月にウツ状態が再発しました。
そのあと突然また不眠に襲われました.C医師の診察の結果波が来たんですよ
風邪の症状が出て職場復帰した1カ月後には、睡眠剤と抗不安剤の必要がなくなり、抗ウツ剤も少しずつ減らし、数カ月後にはそれとも縁が切れ、HRTだけを続けていたところでした「前に1回経験しているので、怖さはなかったのですが、また仕事ができなくなるのがショックでしたね」
対応は早かったものの、すぐにはよくなりません。
症状は以前と同じ、不眠とウツ気分欠勤して1カ月がすぎた頃、元気になったので試みに半日出勤しました。しかし、電話はとれるものの、接気力の低下頭が働かず、書類に目を通しても頭に入らない、思考力、客は足がすくんでだめ。言葉が出ない、状態で、またまた落ち込んで……。
その後、百合子さんは4カ月余りの欠勤の後、再び職場復帰を果たしました「将来の不安はあります。今78歳の母親の介護の問題も出てくると思うし。ただ、最近になってこのまま更年期を乗り越えられたら、また元気でやれるんではないか、という自信が心の片隅に持てるようになりました」
仕事への仕事の空白、人生に立ち尽くした時間。百合子さんにとって大きな試練となった更年期の体験は、取り組みや生き方にも少なからぬ影響を与えたようです。
【体験症例⑤】「私は徹底していい娘を演じていました」
陶芸家の大野浩子さん仮名·52歳が更年期症状を自覚したのは48歳のとき。
浩子さんの場合も不眠がきっかけといいます。
結婚28年になる浩子さん夫婦に子どもはいません浩子さんは何店かの決まった店に作品をおろすかたわら、など、精力的に仕事をこなしていました。
2年に1度は定期的に作品展を東京·銀座で開く不眠が始まったのは暮れに行われた個展が終わってまもなくのことです。
まる頃からすでになにか変だったのです。
ガン剤を使うというのがセオリーになっています。

薬も処方されます。

あとから振り返ると、展覧会が始毎回、会場には大勢の友人、知人、それにファンが訪れるのですが、いつもなら人に会うのが楽しみなのそのときはなんとなく人に会いたくありません。会場に顔を出すのが苦痛でした。帰宅したときには疲労困憊こんな疲労感はかつてないほどでした。
展覧会が終わったあと、寝付きが悪くなりました。いつもなら床につくと、スーッと眠りに入り、朝はすっきり目覚めるタイプです。ただ、7年ほど前、父親が入院したときに不眠を経験したことがありました。そのときは漢方薬で3、4日もすると眠れるようになったのを思い出し、今回もかかりつけのドクターに頼んで漢方薬を処方してもらうことに。ところが、前回のように簡単に不眠は改善されませんたしかに前回にくらべてかなり症状は重いのが自分でもわかりました。頭の中の血管がドックン、と脈打つような感じがあり、強度の緊張がとけないのです。目がらんらんとして眠りにつけません。
れない日が何日も続きました。
ドックン朝まで眠漢方薬を2、3種類変えてみたものの効果はなく、胃が荒れるばかり。ドクターは漢方薬をやめて導眠剤と安定剤を処方。ようやく眠れるように。しかし、もともと知識欲旺盛な浩子さんは更年期症状やHRTについての情報を得ていて、この不眠は更年期からくるものではと自己診断し、婦人科を受診しました。

紹介されたクリニックを訪ねたのは、不眠が始まって1か月半ほどたったころです。生理は規則的にあっものの、血液検査の結果、E2卵胞ホルモンの値は17.7と低く、更年期症状が出てもおかしくないと言われました。そのとき総コレステロール値も上がっていて、更年期はすでに始まっていました。
初診の際、眠れないこと、とを訴えましたそしてこれまでの自分にはまるで考えられない対人恐怖症のような症状があるこ暮れの個展では人に会うのが苦痛だったのですが、した。きっかけは、両親の介護の問題でした。
その前から電話の音に恐怖心を抱くようにもなっていま7年ほど前から入退院を繰り返していた父親の病状がその頃にはかなり悪化し、その看病疲れで母親も倒れて入院。両親の面倒は全部浩子さんの肩にかかっていました。2時間かかる実家に通い、ときには泊り込みで父親の介護、食事をつくり、病院の送り迎え、そしてとんで帰ってきて仕事に集中。
うつ診断法

医師によって

ガン作用がある
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    ただ02年、HRTについて米国国立衛生研究所NIHの調査結果が新聞各紙に掲載され、大きな波紋をよびました。
    この記事だけを読むと、HRTを続けていると10人に4人が脳卒中に、2、3人が乳ガンになるのではないかと早とちりし、HRTは効果より害のほうが大きいと勘違いしかねません閉経期のホルモン補充乳がんなど危険高める実際、記事が出たあと銀座の小山嵩夫クリニックには患者さんからの問い合わせが少なからずありましたその中に、かかりつけの内科のドクターから「あなたの飲んでいるホルモン剤は4割くらいが脳卒中になるようだけど、ちゃんと先生に確認したほうがいいですよ」と言われた患者さんがいたといいます。ドクターからしてこうなのですから、一般の人たちはこの記事でHRTに拒絶反応を示したとしても不思議はありませんでは、真相はなにかをここで明らかにしておきましょう。
    米国立衛生研究所NIHでは93年から98年まで、HRTに関する調査を行いました。調査の目的は乳ガンと冠動脈疾患、循環器関係の疾患に関して、有効性と安全性を明らかにしようというもの。対象となったのは、50歳から79歳までの閉経女性1万6000人ですHRT開始の平均年齢63.2歳。
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    認知症の移行型

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    調査方法は、グルプを2つに分け、一方にはエストロゲンとプロゲストンの女性ホルモンを投与。もう一方には偽薬を与えまし最初の4年間については双方の間に有為差はありませんでした。
    しかし、5年たったときに、ホルモン剤投与のグループに乳ガン、血栓症、冠動脈疾患のリスクが多少がってきました。逆に骨粗鬆症や大腸ガンのリスクは下がるという結果がでました。そのため、乳ガンと循環器関係の疾患が上がるという、リスクが有効性にまさっているという判断を下し、臨床試験の調査が中止されましたHRT群の偽薬群に対する増加率は、ような発症例がありました。
    米国医師会雑誌で発表された論文によると、死亡率では有為差はなしここで専門家の間で問題になったのは大きく2つあります。
    ひとつは調査の対象となった女性たちのもともとの健康度について。1万6000人の女性のうち、肥満女性が全体の34%。
    平均のBMI体格指数1肥満を測る指数の一つが28.5です。身長157mで702㎏の第一肥満もしくはそれ以上の人たちがかなり含まれています。小山嵩夫クリニックの小山院長は「日本の女性の標準からみると、正常の女性を対象としているとは考えにくい。当クリニックではBMIが28。5以上の患者さんの割合は3%未満です。肥満は乳ガンと心臓疾患の重要な危険因子というのは医学の常識です」
    と、調査対象とされた女性たちはもともと乳ガンや心臓疾患のリスクが相当高かった点を指摘しています。また、喫煙経験あり過去及び現在の人が50%、血栓症の予防のために小児用バファリンを飲んでいる人が20%、それにスタチン製剤メバロチンなどを飲んでいる人が7%という具合に、リスクファクターを持った人が多く含まれている事実も見逃すわけにはいきません。

    健康に過ごしていくかを考えましょう。

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    いまは六十代になってもまだまだ体力があり、好奇心も旺盛な人が多いですから、六十歳で仕事をリタイアするのは早すぎる感があります。これまで働きすぎがからだを壊すと強調してきましたが、まだ体力も知力も十分にあるうちに仕事をすっかり辞めてしまうのも、これまた健康を損ないやすいものです。
    趣味ややりたいことがいろいろとあって、いるのならば、仕事を離れて自由な時間ができたら、それをやるとすでに決めて六十歳で会社を辞めて悠々·自適の生活もいいでしょう。
    しかし、仕事一筋で生きてきた多くの人たちは、会社を辞めて仕事からすっかり離れてしまうと、何をやっていいかわからなくなるものです。しかも長年のあいだに、仕事中心の人間関係しかなくなっているので、とたんにつきあいもなくなってしまいます。そうなると、何をやるでもなく、一日じゅう家でぼんやりと過ごす。だけになりかねません。そんな生活では、からだは丈夫であっても頭がはたらかなくなり、ボケやすくなります。
    経済的な必要性があるかどうかは別として、からだも脳も健康に保つためには、できれば七十歳くらいまでは仕事を続けることをお勧めします。人それぞれですが、六十代半ばを過ぎると、それまでと同じような仕事量をこなすのは体力的にきつくなります。六十五歳を過ぎても働きつづけるのならば、半分くらいのペースに落とすことです。毎日なら午後三時か四時くらいには終える、あるいは週の三日だけ出勤するというのが理想的です。経営者であれば会長にでも退いてマイペースで仕事をするのも可能でしょう。専門的な技術をもっている人も、嘱託やフリーで働くことは比較的容易です。ふつうのサラリーマンが定年後も臨機応変に働くのは難しいと感じるかもしれませんが、それまでのキャリアを気にしなければ、どんな俵だってあるものです。
    仕事をしていれば、通勤などもあって必然的にからだを動かします。それくらいのことでも健康にはいいのです。活力ある生活をすることで、白血球の機能をある程度いい状態に保つことができるからです。ですから六十五七十歳までペースダウンしつつも仕事を続け、並行して趣味の幅も広げればいいのです。日本人の平均寿命の年次推移2006年女79.001971年以前は沖縄県を除く出典厚生労働省の完全/簡易生命表
    2県35縄完注出男歳90もちろん、いくつになっても仕事を続けられる立場にいるのなら、体力に応じてペースダウンしながら、死ぬまで仕事を続けるのもいいでしょう。
    健康に過ごしていくかを考えましょう。

    しかし、ある年齢で仕事から離れざるをえないというのなら、やはり仕事以外に趣味や好きなことを見つけておく必要があります。
    もし、その趣味が囲碁や将棋など、からだを動かさないようなものならば、せめて毎日散歩をする、できれば軽い登山やハイキングなど、運動の趣味も併せてもつようにしたいものです。からだを動かしていれば、無気力に陥ることもなく、身体機能も維持できます。
    人間の体力は年をとるほど、動かないとすぐに低下します。
    以前のように歩けるまでにその何倍もの時間がかかるのです。
    七十代、八十代になると、数日寝込んだだけでボケずに健康でぽっくり死ぬ方法ボケて身近なことができなくなり、周りの人の名前すら思い出せず、自分の人格が失われてしまう……。
    知症は、想像するだけで恐ろしい病気です。ことに、認知症になった近親者を介護した経験のある人なら、の怖さを身にしみて感じているはずです。
    認そ認知症の原因となるのは、おもに脳血管障害脳卒中やアルツハイマー病などです。
    ような認知機能障害が出てきたときには、たいていそのように診断されます。
    生活に支障をきたす。
    脳血管障害の認知症では、脳の血管が詰まったり破れたりすることによって、その部分の脳のはたらきが悪くなり、もの忘れなどが起こります。頭痛、めまい、耳鳴り、しびれなどが見られることもあります。障害された場所によって、ある能力は低下しているけれど、別の能力は比較的保たれていることがあるのも特徴です。
    記憶障害がひどくても、人格や判断力は保たれていることが少なくありません脳血管障害の場合、画像診断でごく小さな病変が見つかっても、それがボケの症状の原因になっているかどうかの判別は難しいものです。これまではそういった病変があると、脳血管性痴呆と診断されてきましたが、実際はアルツハイマー病が痴呆の原因となっている、脳血管障害をともなうアルツハイマー型痴呆である場合がよくあります。ちほういしゅく日本でも最近広がっているのは、このアルツハイマー型の認知症です。病理学的には脳組織が萎縮し、大脳皮質に老人斑が出現します。

    医療費がどんどんふえています。

    • うつ病の人が増えている。
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    免疫機能を高める抗酸化物質


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    健康に過ごしていくかを考えましょう。

    医師に大切な家族をまかせてはいけない

    長生きするだけがいいわけではないもちろん、ただ長生きするだけがいいというわけではありません。生き方は人それぞれです。たとえば、後世に残る名作を生みつづけた夏目漱石は、四十九歳で世を去りました。モーツァルトは、たった三十五年間の人生であれほど膨大な作品を残しています。長生きしなくても、その人生ですばらしい業績を上げて社会に大きく貢献した人たちはいくらでもいます。個人の健康は第一ですが、生きているかぎり、やはり何らかのかたちで社会に貢献する、あるいは次世代に何を残すことは大切なことです。ふだん、あまり社会貢献など考えないかもしれません。
    ふつうにサラリーマン人生を送って定年を迎えた人が、どれだけ社会に貢献したかと問われても答えられる人は少ないでしょ社会貢献といっても、夏目漱石やモーツァルトのように、後世に名を残す活動だけが該当するわけではありません。あるいは、ボランティア活動のように直接、世のため人のためになるようなことをしなければならないわけでもありません。
    人の命を救うことに直接かかわる医者のような仕事が、社会貢献を実感しやすいのは確かです。健康な人をふやそうと独自の考えを広める私のような立場も、自分の存在意義を大いに感じさせてくれています。しかしサラリーマンとして、営業であれ、経理であれ、事務であれ、接客であれ、どのような職業·職種であっても、与えられた仕事を全うすることも、りっぱな社会貢献といえると思います。社会で必要とされているからこそ、そのような仕事が存在するのですから、自分では食べるためにやっているだけで、社会の役に立っているという意識がなくても、それなりに社会貢献していると考えていいのではないでしょうか「こんな営利的な仕事は社会のためにもならない」と、自分の仕事に誇りもやりがいももてず、テキトーに仕事をするのが当たり前になってしまうほうが問題です。
    現代人は仕事のやりすぎだから、ほどほどにしなさいと私はこの本で一貫して主張してきましたが、それはあくまでも病気になるほど働きすぎの場合です。仕事などテキトーにさぼれといっているのではありません。
    一生懸命に仕事をしなければならないときに、自分の健康第一のほどほどの生き方は問題でしょう。


    薬·ゼニカルダイエット

    うつな状態

    仕事もほどほど、遊びもほどほど、何事も安全志向で定年を迎え、仮に九十歳、百歳まで生きられたとしてはたしてそれがよい人生でしょうか。本人がそれで満足だというのなら、他人がとやかくいうことではありませんが単に健康で長生きが目的になっては本末転倒だと私は思います。健康で長生きしたいのは、自分の仕事を全うしたいがためです。私が百歳まで生きたいのも、私の免疫理論をもっともっと多くの人に伝えたいからです。長い人生のあいだには、多少きつい思いをしても仕事に没頭する時期があっていいのです。実際、二十代後半から三十代、四十代の働き盛りに、健康第一などとはいっていられないでしょう。もちろん無理に無理を重ねるのは危険ですが、ある時期、全力疾走することは必要なのです。
    その多忙な時期に、力を発揮できるだけの体力をそれまでに養っておいて、そのあいだは耐えられる体調を維持すること。
    無理を重ねて間違った方向に行ったときには、からだが教えてくれているはずなのです。その声をきちんと聞くことができる感性をぜひ養ってほしいと思います。

    病気にならない運動と食事

    まずは歩くことが基本最後に、からだによい生活のヒントについて、すこしだけお話ししておくことにしましょう。
    最近は、とにかくからだにいいというので、歩くこと、ウォーキングが勧められています。
    たしかに、歩くことはからだを動かす基本です。

    薬の場合


    医師や看護師が経過

    歩くことで下半身の筋肉が維持できるだけでなく、血流がよくなります。長い人類の歴史のなかで、狩猟·採集·農耕と、人間は生きるためにからだを動かしてきました。からだを動かすのが人間の宿命だったのです。そうした活動の基本は、二足で歩いたり、走ったりする下半身の運動です。それによって人間は健康を保てるようになっています。
    ところがいまの時代は、デスクワークが主体になり、からだを動かすことが少なくなってきました。とりわけ問題なのは下半身を使わなくなったことです。私たちの筋肉で大きいのは下半身と腰の周辺の筋肉で、それらの筋肉は歩くことで自然に鍛えられます。じっとしたままデスクワークばかりしていれば、どうしても身体能力は衰えます。
    車などの交通機関が整備されたこの三十年、日本人はずいぶんと歩かなくなりました。生活習慣の変化ということでは、洋式トイレの普及も大きいでしょう。
    かつての和式トイレはしゃがむスタイルでしたから、それだけでスクワットをやっているようなもので、自然に膝や足首が鍛えられていたのです。人間が進化の歴史でたどってきた、生活のなかで自然にからだを使う機会、とくに、半身を鍛える機会がほとんどなくなってきています。それを意識的につくるためには、というわけです。からだの基本である下まずは歩くことがい歩くスピードは、その人の年齢や体力に応じて、自分で気持ちがいいと感じるペースでいいのです。もちろん、からだのためには通常よりもすこし速く、ちょっとは頑張って負荷をかけたほうがよりよいのですが、ふだん運動していない人がいきなり一生懸命に歩くと、かえって膝などを痛めることにもなりかねません。かといって、あまりゆっくりと歩くのでは筋肉を鍛えることにはならないので、無理のない心地いいスピードを見つけることです。
    腹筋·背筋を簡単に鍛えられる体操歩くことは下半身の筋肉の維持には最適なのですが、それだけでは健康を保つには不十分です。腹筋や背筋などは、歩くだけでは鍛えられないからです。かつては重い荷物を持ち上げたり、持ち運ぶ機会も多かったので、腹筋や背筋もやはり自然に使って維持することができましたが、いまは重い荷物があればすぐに車に乗ってしまいます。

    治療法今

    医者の多く

    ほどの激しさではないにしても、こうした葛藤体験を持つ女性石田さんはシングルのひとり暮らしで、ピアニストとしてイベントやホテルなどでの演奏活動で生計をたててきました。若いときには外国暮らしも体験し、美しくドレスアップしてパーティに出席する機会も多く、そんな華やかな生活を写し取った写真が、恭子さんがくつろぐリビングに飾られています。恭子さんの更年期はのぼせと多汗に始まりました。50歳の冬でした。
    ある日、ベッドで寝ていたところ、明け方にものすごく暑くなって、目がさめました。
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    着替えて再びベッドに入ったものの、30分もするとまたカーッと暑くなって汗びっしょり。
    もともとやせ型で冷え性冷房が苦手で、をかくなんて信じられないことでした夏でも靴下なしではいられない寒がりだったので、こんなにも汗その日以来、毎日のように夜中の多汗が恭子さんを襲いました。就寝して2、3時間するとカーッと暑くなってどーっと汗をかく。3日目くらいから動悸も伴うように。心臓がバクバクして苦しくて横になっていられないので、起き上がる。暑い身体を冷やそうと裸になってアイスノンを体にあてたり、冷房を入れたりの大騒ぎ。汗がおさまると、今度は寒けがしてガタガタと震え上がる。
    多いときは一晩に10数回もそんな状態が10日も続くと、睡眠不足で昼間もぐったりして、ベッドから起き上がれなくなってしまいましたすぐに病院へは行かず、まずは親しい漢方医に相談しました。
    漢方医から「更年期症状が出てますね」と言われて初めて、更年期障害を自覚しました。激しい動悸に心臓病を心配しましたが、更年期の本を読んで典型的な更年期症状とあってなっとく。本によると治療はHRT漢方薬、運動と食事療法などが効果があるとか。当初、恭子さんはガンの不安からHRTを試そうとは思いませんでした漢方医から漢方薬と食事療法の指導を受け、3か月ほど続けました。一時的には症状は回復したもののぐっすり眠れない。そのため日中もボーッとしたまま。体が思うように動かない、気力が出てこないため、仕事も休みがち。それに伴って、気分的な落ち込みもひどくなっていきました好きなことに興味がなくなる。

    症状のひとつと考えれング

    自分にとって癒しやストレス解消にもなっていたことができなくなるというのは、ウツ状態の典型的な症状のひとつです。恭子さんがまぎれもなくウツ状態になっていたのは、音楽をまったく聞かなくなったことからもわかります。恭子さんにとって物心つ朝起きると、まず自分の好きな音楽をかけて、気分をリラックスさせつつ、今日1日のスケジュールを考えていくというのが恭子さんの日課でした。それが、ひどい寝汗をかいて七転八倒しているころから一度もCDをかけなくなっていました。
    「オーディオのスイッチを押すのもうっとうしくなってきた」
    いたころから体の一部だった音楽と振り返る恭子さんショックでしたね。音楽が自分を元気づけるものでなくなっていた、ているの、って思いましたものと気づいたときは。
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    でも、本当はそうじゃなかったんです。ひどい更年期障害になって、人と会うのがおっくうで、外出しなくなりました。家にいると体を動かさないで食べるばかりで、体重は目に見えて増えていきました。動悸がする、ホットフラッシュで暑くなるので体を締めつける洋服が着られない。風通しのいい洋服を着ている自分の姿を鏡でみたときに、別人が立っていました。もう恥ずかしくて、誰にも会いたくないと思いました。外見重視じゃないと思い込んでいた私が、たときに、私はもう終わりだと本気で思いました
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    ウツはものごとをいいほうには考えられない病気ですが、恭子さんも例外ではなく悪い方へ悪い方へと考えさらに自分はもうだめだと決めつけ、気持ちを沈めていきました。
    恭子さんには10年余りの付き合いになる不倫関係のボーイフレンドがいましたたまらなく不安になるんですね。別れ話が出てたわけでもない。彼はやさしくしてくれるし、病気になってからはいっしょに病院にも行ってくれるし、身の回りのこと、頼んだことはなんでも引き受けてくれる。

     

    医師のところにかけこみました。

    でも、このままずっといい関係でいられるのかとか、このまま年をとっていくとどんどんきれいな面がなくなってしまう。ものごとを素直にとれなくなって、皮肉にとったり、ふだん言わないような暴言をはいてしまっいつもの自分じゃなくなっているのに気づいて愕然とするんです。私の人格はどこへ行ってしまったんだろそして自殺未遂。ひとりではマンションにいるのは危険だとまわりが判断し、総合病院の心療内科に入院することに。更年期症状の発症からちょうど1年たっていました。ここでは投薬治療と、毎日ドクターのカウンセリングをうけ、玄米の食餌療法も行いました。ドクターからHRTを勧められましたが、飲み薬にはどうしても抵抗があり、張り薬を使うことに。
    病院に一時的に入院して精神的には少し落ちついたものの、その後も不眠や、ホットフラッシュ、動悸、ウツなどの症状はおさまらず、回復の兆しをなかなか実感できない日々が続いていました。
    2年ほど心療内科の治療は続きましたこの間、ほとんどウツウツとした状態の中で、宅配の食事をとって、ベッドに横になるだけの毎日。経済的なことを考えるとどんどん落ち込んできます。毎月いくらかかって、年間にいくら。このままだったら、元気になってもお金はなにも残っていないじゃないか。そうしたら生きていてもしょうがないドにも「こんなになったのはあなたのせいよ」と当たり散らし、そのたびにあとから落ち込むという繰り返しでしたボーイフレン恭子さんが回復のきっかけをつかんだのは、HRTを飲み薬に切り換えてからでした。
    科系の病気の後遺症があり、久しぶりに婦人科医を受診したところ「これだけ更年期症状が出ているのだから、HRTをやったほうがいいでしょう」
    以前、手術した婦人と勧められました。HRTに対するガンの偏見はぬぐえてはいませんでしたが、います。
    症状が出ます。

    薬局で買って気軽に使っているでしょう。

    「更年期障害でこんなにつらい思いをするくらいなら、命を縮めてもいいう祈るような気持ちで始めました」
    このとき覚悟を決めたとい神様、どうか楽にしてくださいと張り薬からプレマリン卵胞ホルモンとプロゲストン黄体ホルモンの両方を毎日飲む方法に切り換えたところ、数週間で効果が現れました。専門家によると、同じHRTでも、張り薬より飲み薬の方が、より顕著な効果がみられるケースはままあるといいます。少し気力が出て、新聞が読めるほどに回復し、それまでできなかった外出もするようになり、電話にもでられるようになったのです。飲み薬を始めて2か月足らずで更年期のフォーラムにも参加できるほどに回復しました。それまではどんなに誘われても、家から出られなかったのですから、その効果は大きいといえるでしょう。
    「私にとってはHRTはなにより気力をある一定程度まで引き上げてくれた、その基礎的な力をつけてくれたところがすばらしいと思いました。最低限の基礎的体力、気力がなければなにもできないんですから」
    と恭子さんの実感です。「更年期障害は私にとってのプレゼント」
    ところで何人かの医師に受診した恭子さんですが、恭子さんが

  • 医師によってアドバイスが異なるてんな経験をしました
  • 「1日なにもする気になれない」
    と訴えると、あるドクターはこう言いました。

    「動きたくないんですね。では、外出するのが無理だとしたら、すかベランダへちょっと出るとかしてはいかがででも、その一歩が出られないんです」
    「自分のできる最小限の中ででもできることをしないと、人間は退化していってしまうから、無理でもベランダへの一歩はだしましょうね。そういうルールはつくったほうがいい」
    たとえば散歩は別のドクターは出られなければ、自然に出られるようになるまで出なくてもいいんじゃないですかと、違う考え。
    恭子さんは後者のドクターの言葉に救われたと言います。まったく出られない日もあり後者の医師のアドバイというのも、日によってベランダの枯れた花をつもうかなと思う日もあれば、ます。前者の医師の言葉は恭子さんにとってプレッシャーとなっていました。しかし、スがあったおかげで、たとえ出られなくても気持ちは冷静でいられたといいます。睡眠剤、抗ウツ剤、抗不安剤など精神科系の薬を飲み、カウンセリングをうけ、HRTを試みて、発症してから3年近くたって、マイナス思考がプラスに向きを変え始めました。

    心筋梗塞などの副作用が起きたケースがあることが報告

    ただ、ウツ状態からすっかり抜け出す。にはさらに2年の歳月が必要でした。
    HRTで大きな効果を得られた恭子さんの場合、ウツのひきがねはのぼせや発汗、動悸といった典型的な更年期障害でした。こうしたケースはやはりまずはHRTで身体的な面を改善させることで、回復への大きな前進を得られることが多いといわれています。「気力が戻ると、人間がわがままだから心の苦しみが頭をもたげてくるんです」
    ボーイフレンドとの将来はどうなるのか。もうこれ以上は先のばしにはできない深刻な問題でした。仕事は収入の道はどうするのか。さらに体型が崩れてくるとか、白髪になった、目が老眼が進んでみえにくくなる歯がだめになる、肌が乾燥して新聞のページが1枚ずつめくれないりません。どう受けとめたらプラス思考になれるのか。少しずつ沸いてきた気力を頼りて自分が生きる道を探しだすしかないと考えられるように。ボーイフレンドとは自殺未遂などの修羅場の末別離人間、だれにも老いはやってきます。それをどう受け入れていくかというのは大きな課題です。私の場合は劇的な更年期障害を体験したことによって、一気に深く考えさせられました。生活を変える決心がついたので更年期障害は私にとっては大きなプレゼントになったと思います。そう考えられるようになった自分をほめてやりたいくらいです。暗くなる話を数えあげたらきりがあに、これらを乗り越え、失ったものが大きかったからこそ、ゼロからやり直す覚悟ができたようです。
    これからが本番です。
    【体験症例③】「がんばってきて、
    プッツンと切れたのが更年期」
    自分がこれまでのようにバリバリ仕事ができる時間はそう長くはないと思い知らされたとき、自分の能力の限界を実感し、果して自分の人生これでよかったのか、考えさせられます。そのとき、すぐにイエスと答えられる人は稀でしょう。
    むしろ、多くは真鍋三枝子さんないでしょうか仮名·64歳のように、一度は否定的になって落ち込みを体験するのでは長年身を置いてきたバリバリのキャリアウーマ真鍋三枝子さんは新聞というマスメディアの制作の現場に、ンです。同業の夫と28歳になる長女の3人家族更年期のウツ症状で苦しんだのはちょうど10年ほど前53歳で閉経して、やれやれこれで海外出張のときに生理の心配がなくなったと思っていたのもつかのま。ホットフラッシュが始まり、私はどうして急にこんなに汗っかきになったんだろうと驚くほどです。それに肌がピリピリと静電気が起きそうなほど乾燥。ひどかったのはウツ症状でした「ずっとギリギリのところでがんばってきて、プツンと切れたのが更年期職場での地位とか能力とか自分の限界が見えてくるんです。

    医学です。

    ストレスが軽くなることもあるのです。そのとき出てきた台詞が『私の人生なんだったの』でしたね」
    「これまでやってきたことは全部報われなかった」
    と思ってしまったのひどい落ち込み方でした。
    です。とにかく仕事のこと。男女雇用機会均等法が施行され、雇用の門戸は広くなっても、出世の道筋はどうでしよう。まだまだ旧態依然とした男性社会で、女性は蚊帳の外といったところがほとんどではないでしょうか。三枝子さんの職場も例外ではありませんでした新聞というマスコミの制作現場は毎日待ったなしで仕事が進んでいきます。
    給料も同じ仕事をしているかぎりは男女差はありません。40代半ばまでは仕事に夢中で人事に関してはほとんど気になりませんでした。しかし、そのころから同じように走ってきた男性たちが毎年人事異動の季節になると、等級が上がり、役づきなったりする「大きな組織にいればいるほど、女性というのは超エリートでないかぎり、管理職のポストがない。人事異動の季節になると、女性はほとんどが蚊帳の外ですよ。男なみにがんばってきた女たちは顔には出さないですよでもはらわたが煮えくり返るような思いでいる人がどれくらいいるか。
    私なんかどうせダメとあきらめてましたね。人事の話になると仲間に入れてもらえないんですから」
    仕事だけではありません。家庭にしても同じ。寝る時間を惜しんで家の中のことも精一杯やってきたのに結果、家族はバラバラ。娘は大学受験を失敗。夫とはつかず離れずうまくやってきたつもりだったところがまったく別の方向を見ていたと気づくのもこの頃です。夫はゴルフに夢中で、休日も別々の生活が多い夫の家事手伝いは週末の買い物の運転手役と庭の手入れ、それにお米をとぐくらいがせいぜい。
    夜帰宅の多い同業の夫に、それ以上を要求するのも酷というものだと思ってしまいます。しかし、深それでも、三枝子さんが手抜きができる凄ならよかったのですが、一方で昔ながらの日本の主婦の体質も受け継いでいました。家の中はいつもきちんと片づいていないと気が済みません。ぬか味噌も母親の代からのものをずっときらさずつけていました。


    ストレスが軽くなることもあるのです。 症状を持つ人の中 免疫不全による肺炎があります。

    薬に敏感に反応する自分の体を使い

    薬を増やせという

    生活が便利になったおかげで、日常的に筋肉を鍛える機会がなくなってしまったわけです。
    ですから、腹筋や背筋も意識的に鍛えなければなりません。つらい運動をしなければならないように思うかもしれませんが、若い人なら腹筋運動や背筋運動をすればいいとしても、中年になったら、そこまで無理をする必要はないのです。
    そこで、私はからだを揺する運動を勧めています。たとえば腕を上げて、八の字を描くようにからだ全体を揺するのです。手を上げるだけで胸筋など上半身の筋肉を使い、揺することで腹、腰などの筋肉を使うので緊張がほぐれ柔軟になります。これに、前屈と後屈を加えればいいのです。前屈で腹筋が鍛えられ、うしろ反ることで背筋を使うからです。
    腹筋や背筋がしっかりしていないと、猫背になりやすいのです。猫背になると胸部を圧迫して血流障害が起こり、それが進むと肺がんになる危険性も高くなります。肺がんになるような人は姿勢が悪く猫背で、つねに胸部を圧迫しています。たとえば、一日じゅう机に座りっぱなしで書き物をしていたり、前かがみになってパソコンを使っている人たちは、たいへん危険です。
    腹筋·背筋を鍛える体操は、一回せいぜい五十分程度でいいので、時間もあまりかかりません。
    なしで仕事をしている人は、11時間に1回程度このような体操をすればいいのです。
    座りっぱいずれにしろ、歩くことと体操は習慣づけることが大切です。週に一回か二回まとめてやろうというのでは健康を維持できません。生活習慣のなかに取り入れて、毎日規則的に行なうことです。
    ちなみに、私の場合は下半身の筋力は強いのですが、する運動や前屈、後屈に加えて、腕立て伏せを110回、ても、せいぜい十五分程度のものです。
    それにくらべて上半身の筋力が弱いので、からだを揺懸垂を10回程度、毎日やっています。ひと通りやっ筋肉はいくつになっても強化できます。
    実際、六十歳になる私でも、腕立て伏せや懸垂を一カ月も続けていたら、明らかに筋肉がついてきました。
    私は毎朝四時半くらいに起きます。起きてすぐに、草むしりをしたりゴミ捨てをしたりしてすこしからだをほぐしてから、散歩に出かけます。体調がいいときには、散歩の途中で六〇メートル程度のダッシュを交えたりもします。屈伸や四股を踏むような下半身の運動もします。トータルでだいたい一時間程度です。疲れているときなどは短いコースで帰ってきますし、すが、一週間に四、五回は散歩に出ています。
    薬に敏感に反応する自分の体を使い

    雨の日は無理して外に出ずに自宅で音楽を聴いていまそして、整理体操としてラジオ体操をします。それから朝食をゆっくりととって大学に向かい、着します。根を詰めて論文を書く作業などをしていると、どうしてもからだが強ばってくるので、にはからだを揺する体操を行なっているのです。
    八時には到仕事の合間リンパ液の流れをつねによくするときどき逆立ちするのも、体液の滞留を防ぎ、むくみをとるのに役立ちます。人間のからだには重力がかかっているので、どうしても体液の流れが下半身にたまりがちです。逆立ちしたり横になって手足を上に向けて振ったりすることで、滞留を防ぐ効果があるのです。
    最近はリンパマッサージが話題になっています。
    かは知らないのではないでしょうか。
    リンパ液という言葉は知っていても、意外とどういうものからだの第1の循環系が血液ならば、リンパ系は第二の循環系として機能しています。血液は心臓というポンプに押し出され、一定のリズムで全身を流れています。その大きな流れは、みなさんご存じのように、まずは動脈を通じて酸素や栄養分をからだじゅうの細胞に供給し、細胞が排泄する二酸化炭素や老廃物を受け取って静脈に流れ込み、ふたたび心臓にもどります。
    動脈から流れ出た血液は、全身に張りめぐらされた毛細血管に流れ込みます。
    その血液の一部は、毛細血管から組織のあいだに浸出しますが、この体液が各細胞に栄養を届け、同時に老廃物を受け取って、ふたたび毛細血管に取り込まれて静脈に吸収されるのです。このとき、毛細血管に吸収されずに、静脈にからみつくかたちで全身に分布しているリンパ管に流れ込む体液があります。これがリンパ液です。不要なたんぱく質などの老廃物を回収するはたらきをしています。すなわち、リンパ液とは毛細血管から浸出した血液の一部で、おもに血漿と白血球の一種であるリンパ球から構成されています。赤血球は含まれていません。リンパ管に集められた体液リンパ液はリンパ節まで行き、そこで何事もなかったら静脈に合流します。つまり、体液とリンパ液はイコールで、組織間に貯留していれば体液ですが、リンパ管に入って集められるとリンパ液になるわけです。

    細胞もマクロファージから派生しています。

    • 治療効果が上がることがデータから読み取れます
    • 病気の進行を抑える
    • 薬のひとつ。


    病気だからしかたがない


    うつ感が強くなり元気もなくなる……こうなる

    リンパ液には血液と同様に、細胞が排出した老廃物などを回収するはたらきがあるのですが、さらに、外部から侵入した細菌やウイルスからからだを守る免疫機能があります。リンパ節は網状の皮質とリンパ細胞から成っており、リンパ液の濾過器としての役目を果たしています。ここでリンパ液中の異物を取り除き、細菌やウイルスに対抗する免疫をつくるわけです。
    つまり、リンパ節の白血球、とくにリンパ球がからだをがん細胞や細菌、ウイルスなどから守っているのです。
    リンパ液とともに運ばれてくるからだに不要な病原体などを、細網繊維の網に引っかけてつかまえ、それをリンパ球などが処理するわけです。
    処理しきれなかった異物や病原体は一時的にためておかれます。そのためリンパ節が腫れるのです。がんになると、このリンパ節にがん細胞がため込まれているので、リンパ節を廓清切除する手術などが行なわれます。このようにリンパ系は、動脈→体液→リンパ液→リンパ管→リンパ節→静脈→動脈という循環をしています。ポンプである心臓を中心とした閉じた管からできている血管系と大きく違っているのは、リンパ系が開放された循環系であることです。リンパ液は血液における心臓のような、からだじゅうに力強く送り出すためのポンプをもっていないのです。そのため、リンパ系にかかる圧力は低く、流れも遅いので、リンパ液は安静時にはほとんど流れません。
    リンパ液は、たり、弁があるからです。筋肉を動かすことによって、つまり運動によって流れるのです。
    さすっマッサージをしからだを動かすことでリンパ液は一定の方向に流れます。

    細胞が食べられるときに炎症反応が起つまりとSOSを出す。

    症状には対応できますが飲みつづける

    リンパ管には静脈と同じく、逆流防止の半月からだの末端でむくみが出るのは、体液が滞留しているわけですから、それをリンパ管に集めればむくみはとれます。しかし、リンパ管には弁がついているので、運動したりさすったりしてリンパ管を刺激しないと流れないのです。弁を縮めたり伸ばしたりして、リンパ液を移動させることが必要なのです。
    ついでにふれておくと、近年話題になったエコノミー症候群は、長い時間、同じ姿勢で座ったままでいることにより脚の静脈の血が流れにくくなり、膝の裏あたりの静脈に血栓血の塊ができてしまう症状です。静脈の弁が休止状態になり、血液が流れにくくなっています。ですからエコノミー症候群の場合、水分をとることも大切ですが、やはり、からだを動かすことによって改善できます。からだを動かすことがいかに大切かおわかりいただけたでしょうか筋肉は使わないとすぐに衰える筋肉はしばらく使わないと、すぐに衰えます。ですから、一週間も二週間もあいだを空けるのではなく、簡単な運動なら毎日したいものです。もし若い人が、負荷をかけてもっと筋肉をつけたいというのであれば、一日ないしは二日おきくらいに筋力運動をするのが効果的です。きつい筋力運動を毎日行なうのは、かえって逆効果です。
    筋力が高いと交感神経が優位となり、低いと副交感神経優位の方向になります。
    筋肉をもりもりにつけたいわゆるボディビルダーのような体格は、それを維持するだけでも日ごろからたいへんな運動量が必要です。tますたつたとえば、空手で牛を殺したといわれる極真空手の大山倍達さんは、からだを鍛えに鍛えて筋肉もりもりでした。しかし、あれだけのからだをつくり維持するためには、毎日厳しいトレーニングが必要でしょう。そのため交感神経緊張状態が続きます。それではかえって長生きはできません。大山さんはあれほど丈夫な肉体をもちながら、七十二歳で肺がんで亡くなっています。
    その点では、私たちはべつに筋肉マンになる必要はないのですから、なく筋骨隆々でもない程度でかまいません。
    健康な状態を維持するには、ひ弱でも適度な運動をすれば、からだが疲労するので、夜はぐっすりと休むことができます。


    ホルモンの刺激を受けて

    生活習慣病を引き起こす誘因になる

    日ごろまったく運動していない人は、からだが休眠状態に慣れきってしまい、ゆっくりと休むことができないのです。からだを適度に動かし、適度に休ませるというメリハリが必要です。健康にいいといわれる体操やマッサージは、テレビや出版物を通じて世の中にあふれています。最近はヨガ太極拳、気功などが中高年を中心にはやっていますし、女性のあいだではポールダンスやフラダンスが話題となっているそうです。スポーツクラブも全国各地に広がっていて、手軽にスポーツをする環境は整っています。それらのなかから、どの運動をするかについては、やはり、自分に合ったものを自分のからだで探すことです。
    みんながしているからと、イヤイヤそれを選ぶ必要はありませんまつこうほうたとえば、高齢者でも手軽にできる体操に真向法というものがあります。
    これは柔軟性に重きを置いた体操で、両足の裏を合わせての前屈、両脚をまっすぐに伸ばしての前屈、両脚を開いての前屈、割り座になってうしろにひっくり返る四つの基本動作を行なう、1日11分もあればできる内容です。たしかに、からだにいいのでしょうが、私などがいきなりやっても、からだは柔らかいほうだと思うのです。が、手足が短い体型なので、どうしても負担になって苦しいのです。手足が長くて、もともとからだが柔らかい人向きの体操です。
    医師の得意分野を調べることです。


    薬と思わ

    からだの柔軟性も体型も人それぞれ違うのですから、自分に合ったメニューを選べばいいと思います。自分に合う食べ物は自分で探す。健康にいい食事についても、やはりさまざまな情報が巷にはあふれています。私は基本的に玄米菜食を勧めています。私自身、玄米を主食にするようにしてからは、とても体調がいいの玄米は繊維質や胚乳部分です。いまは弁当も玄米にして、三食とも白米を混ぜずに玄米だけを食べています。
    の栄養も含まれており、ビタミンやミネラルなどが豊富です。
    どうしてもよく噛まないとなりません。
    よく噛むこと自体がからだによく、しかも少量で玄米は硬いので、満腹感があるので食べすぎることもありません。
    玄米はいいことづくめですが、いくらよくても、どうしてもからだに合わない、まずくて食べられないという人もいるでしょう。
    白米を混ぜてその割合を多くしてみる、どうしても玄米が嫌ならば、麦や雑穀などを混ぜて麦飯や五穀米にしてみる方法もあります。
    病気で食事制限が必要というのなら別ですが、いま健康体であるならば、無理をしてまで玄米を食べなければならないこともありません。からだにいいもので、自分に合ったものを見つけるようにすればいいのです。
    私に電話で相談される方のなかには、「こういう病気なんですが、何を食べればいいですか?」と聞いてくる人がいます。私は自分で考えてと答えます。どのようなものが健康に入っているかといった情報は、いくらでも調べることができるのですから、自分が食べるものくらいは自分で調べて、自分で考えて、自分のカンをはたらかせてほしいのです。

    薬の場合

    認知症の患者さんの多く

    それも、自分のからだの声を聞く習慣の一つです。いとか、どのような栄養分が朝食はとらなくてもかまわないよく「朝食を抜いてはいけない」
    が絶対に悪いわけではありません。
    「三食きちんと食べたほうがいい」
    といわれます。
    しかし、朝食を抜くの何度か対談して、いっしょに本(『ガンが逃げ出す生き方』講談社、など)を出版している石原結實先生が提唱する健康法は、朝はニンジンジュースだけにして、昼はソバなどを軽くとり、夕食は自由に食べていいというものです。朝食を抜くのは、夜間はプチ断食をしているようなものだから、そのほうがお腹に負担がかからずに、一日のスタートをスムーズに切れるというのです。また、現代人は食べすぎの傾向があるのでそのほうが栄養のとりすぎを抑えられるともいいます。遅くまで仕事で夜ふかしをすると、どうしても夕食が遅くなりがちです。
    からだに悪いと、夜九時以降に食べてはいけないともよくいわれますが、たしかに夜遅く食事をすると、脂肪をためこんで太りやすくなります。そうはいっても、仕事の都合上、どうしても夜九時以降に食べざるをえない人も多いでしょう。実際に仕事をしていれば、理想どおりの時間に食事をとるのは難しいものです。
    そうであれば、朝はあまり食欲がないでしょうから、いっそのこと朝食を抜くのも一つの方法です。一日に摂取するカロリーを少なく抑えれば肥満防止にもなります。

    ストレスの原因を取り除くようにつとめ

    ですから、朝食を抜く健康法は、夜型の現代人には適しているといえなくもありませんしかし、私のように朝四時半から起きていると、八時に朝食をおいしく食べることができます。
    七時になれば当然、朝早起きの人は、お腹が空いてきます。
    朝食をとったほうがスッキリと目覚めてですから私は健康的です。このように、朝食を食べたほうがいい、食べないほうがいいと一律には決められません。大事なのは、食べたいかどうかというからだの声です。空腹感があって食べたい人は食べればいいし、食欲が湧かないのなら抜けばいいのです。あまり神経質になる必要はないと思います。朝食をしっかり食べたほうがいいとか抜いたほうがいいという問題よりも、むしろバランスのいい食事を心がけることでしょう。
    そして基本的には、食べすぎないようにすることです。腹八分目といわれるように、少食のほうが健康にはいいのです。
    ネズミを使った実験では、腹一杯になるほど食べさせたネズミよりも、食事制限をしたネズミのほうが長生きするというデータがあります。人間も同様でしょう。ことに四十代半ばを過ぎたら、食べすぎは控えるようにしたいものです。日々を健康に送るための運動と食事のあり方について述べてきましたが、ののなかから、とはありません。
    基本は、自分に合った食べ物をとることです。
    健康にといわれるも自分に合った運動を習慣化し、情報にふりまわされるこ人間は本来、自分のからだの声をきちんと聞くことさえできれば、間違うことはないのです。私たちのからだは、自然といい方向に向かうようにできています。それを支えているのが免疫という仕組みなのです。

     

    症状と考えられている。

    ところが無理に無理を重ねたり、からだの声が聞こえなくなったり、ストレスを抱えて、食べたり飲んだりでまぎらわさざるをえなくなると無視したりしてしまうのです。その結果が、病気です。自分のからだの声を真摯に聞き取れるようになってほしいと強く思います。本書で難しい理論的なことも説明してきたのは、このことをご理解いただくためです。
    みなさんが、からだの声をしっかりと聞いて、いま病気の方は一日も早く健康を取りもどされることを、ます健康に磨きがかかることを願っています。
    そして健康な方は、ます。私はもう若くない.2更年期への誤解、知識の不足。それがあなたを苦しめていまするし……?
    もう若くない
    そんな自分を実感した時ある婦人科を訪ねた46歳の女性の話から紹介しましょう。独身のキャリアウーマンのAさんは生理が止まっていることが受け入れられず、来院しました。
    血液検査の結果、FSH卵胞刺激ホルモンの値がかなり高く、E2卵胞ホルモンの値が10未満。すでに妊娠は不可能なまでに数値は下がっています。しかし、Aさんにとって46歳でこの数値はおかしい、早すぎると言い張るのです。生理がないと落ち込むと、訴えます。でも、生理があるかないかは女性とはなにも関係ないでしょう。それよりもあなたは更年期の不快な症状がないのだから、ラッキーだと思わない?
    と、医師が尋ねると「思わない。
    更年期症状がひどくても、生理があったほうがいい」
    と、抵抗します。どうしてそんなに生理があることにこだわるの「これから結婚するかもしれないじゃないですか。そのときに、子どもが生める身体だということを、相手の男性に知ってもらいたいんです」
    「残酷なようだけれど、女性ホルモンの状態をみてもすでに閉経しているのよ」
    「いやです。生理をおこしてほしい。閉経を遅らせてください。できれば58歳くらいまで生理はあってほしいんです」
    「あなたは赤ちゃんが産めるようにするための治療を受けたいのできるのならそうしたい」
    あくまでも生理と妊娠にこだわるAさんに医師は、どうしてもというなら卵子が残っていればそれを凍結して、アメリカで処置する方法もあると話をしてから、こう説得しました。
    医療の現場はまさに百戦錬磨の修業の場

    医療の裏街道ともいえる老年

    女は乳房を切り取ろうが、子宮を摘出しようが、ハートに女性性を持っていればそれでオーケーなのだから、妊娠できる身体ばかりが女じゃないのだとそれでもAさんはなっとくせず、ピルを使って生理をおこす処置をしてもらいました。ちょっとショッキングな話ですが、決して珍しくはないと医師は言います。とくに40代前半に多く、独身の女性たちはそれまでは結婚や妊娠に無頓着でいたのに、生理の周期が乱れて更年期の訪れを感じると、とつぜん不安になり、妊娠しなかったこと、結婚しなかったことにこだわり始めるのです。
    男性社会で仕事をしてきた独身の女性たちにとって、妊娠、出産できる身体でいたい、あるいは外見的な若さを維持したいという女性性にまつわる願望は、想像以上に大きいことに気づかされるのも、この更年期の始まりの時期かもしれません。

    これほど極端ではなくても、私たちはそれまであたりまえのようにあったものがなくなると、急にうろたえたり、さみしくなったりしがちです。その存在が大きければ衝撃は大きくなり、執着が強ければ失うことによるフラストレーションは強くなるのは当然でしょう。更年期は女性にとって卵巣機能の停止に始まって、その他にもいろいろなものを失ったことに気づかされる時期です。
    たとえば老眼ひとつとっても、書類にさっと目を通せなくなると、瞬時の判断力が鈍ります。またこの時期は目に見えて物忘れが多くなり、集中力も落ちてくるものですが、そのために仕事の能率が悪くなります。同じ時間でできる仕事の量が減っているのに気づいて愕然とします。仕事を持つキャリアウーマンたちにとって、身体の否定的変化は思った以上にこたえるものです。

    薬を飲むことに不安を感じるかもしれません

    できる女たちほどそのときの動揺は大きく、現実を受け入れがたいと思ってしまいがちです。
    ことほどさように更年期は自分に対するさまざまな否定的変化が重なる時期ですが、心理学者の岡本祐子さんは、「中年期の否定的変化を最も如実に認識させるのは、体力の衰えである」と指摘しています。というのも、「自分の身体に関する感覚や感情は、自己イメージを形成する大きな要であり、身体イメージはアイデンティティの感覚とも深く関連している」からです。こうした身体的な喪失感はときには大きなダメージとなり、二次災害のように更年期症状をさらに悪化させることがあります。もし、若さが終わったことを潔く認められないとしたら、更年期の葛藤は深く、川越えに手こずるかもしれません。
    【体験症例①】「我慢するしかないと思っていました」
    更年期障害がひどく、仕事を続けるのが困難となり、真剣に退職を考える人は少なくありません。
    なかにはは更年期障害から仕事への自信を実際に退職に追い込まれるケースもあります。
    浅沼範子さん仮名·66歳なくし、20数年勤めた職場を去る決意をしました。
    私立男子高校の養護教諭だった範子さんに、更年期の身体的症状と精神症状が出たのは45歳の頃最初に現れた異変は乳腺症でした。
    新学期を迎え、仕事がもっとも忙しい4月に左右両方の胸がはって痛いほどでした近所の外科へ行くとガンではなく乳腺症と診断されました。更年期症状もあるので男女混合ホルモンを打つと治るといわれ、しばらくの間、週1回通って注射してもらうと、少し楽に。乳腺症は一時的なものでしたが3年ほど続き、毎年4月から5月にかけて仕事が忙しくなって疲労が重なると症状が現れました。
    肌が乾燥して、気がつくと腕や足が粉をふいたようにカサカサしているのを発見したのも同じ頃です。子宮全摘手術のあとから出ていた足の冷えはいよいよひどくなり、スカートをはけなくなるほどで、夏のクーラがこたえました。そのくせ、上半身はカーッと暑くなって汗をびっしょりかく。イライラすることが多くなったのもこの頃からです。

    病気を抑え込もうとするのです。

    医師の得意分野を調べることです。私は看護師ですから、今自分は更年期だという自覚はありましたが、当時は治療法がわからなかったので、我慢するしかないと思ってました
    と範子さんは20年前を振り返ります。
    それでも、その程度の症状でおさまっていたなら仕事や生活に支障をきたすことはありませんでした。
    しかし、そうこうするうちに物忘れがひどくなってきました。
    学校の金庫に鍵を差し込んだまま帰宅してしまったときは、すっか気力、集中力が極端に落ちているのも感じていました。活字を読むのがつらく、クになってしまいました新聞や毎月定期購読していた仕事に関連した雑誌が読めなくなっていました。
    愕然としたのは研究会に行ったとき。学校に提出するための報告書を書こうとしたところ、ていたはずなのに、その内容がうろ覚えでうまく書けないのです。
    講師の話を聞いさらに、今日中に片づけなければならない仕事が滞ることが多くなってきました。
    自信があったはずの整理整頓もあやしくなってきました。
    どうしちゃつたのかしら、なにかへんだわ、私そんなつぶやきが日に日に多くなり、深刻さを増していきました。そんな毎日が続くと、不安になって夜も眠れなくなってきます。
    「ものすごい焦燥感にかられました」と範子さんは振り返りますが、人生の大きな転換期がいま訪れているという自覚は、そのときの範子さんにはありません。範子さんの焦燥感はやがて無力感に変わり、ウツ状態へと悪化するのに時間はかかりませんでした昔の看護師仲間の先輩や友人に相談すると、「更年期はある時期が過ぎたら治るんだから、我慢しなさい」
    「なにか夢中になれることを見つけて気分転換してみたら」「独身で気ままに暮らしているから、ちょっとわがままなんじゃないの」、といった言葉が返ってきました。


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    うつ診断法

    周囲の理解は薄かったようです。
    更年期障害が病気としての市民権を得たのはごく最近のことで、当時はじっと我慢してやりすごすものとみなされていました。だれも、胃潰瘍やガンになったときのように心配したり、休養するように勧めてくれません。周囲の無理解に孤独感を強くしました。
    しかし、それ以上につらかったのは、身体に起きている事態は深刻で、我慢してやりすごせるようなものではなかったのに、適切な治療をうける手だてがわからなかったことです。ひとり苦しみに耐えなければなりませんでした。とくに範子さんが体験した当時は、情報も極端に少なかっただけに、苦しみや不安、とまどいははかりしれないものがあったに違いありません。

    「私はなんてだめなんだろう」
    もともと国立病院で看護師として勤務していた範子さんが、私立の男子校の保健婦として転職したのは32歳カウンセラーの役目も果し精神的な悩みにも相談にのり、のとき。男子生徒には範子さんは母親的な存在で、ていましたしかし、具合が悪くなってからは生徒の話を聞くのもうっとうしい。生徒が相談に来ると「そんなの我慢しなきゃだめ」と冷たくあしらって、薬を渡して追い返すことが度重なりました。人が変わったようになった範子さんに面食らったのか、先生、どうしたのと生徒たちが顔をのぞきこむこともしばしば。先生たちからもどうしたの?と言われることが多くなっていきましたというのも、申し送り事項を相手に伝えているにもかかわらず、伝えたかどうかわからなくなり、相手に再度確認してしまうことが度重なる。

    治療の考え方子宮内膜症

    仕事上その場で決断して返事をしなければならないことが多いのに、決断できず、すぐに対応できないなど、今までにない仕事ぶりに教師たちもとまどいを覚えたのでしょう。
    こう仕事がてきぱきできなくなってはみんなに迷惑をかけるばかり。職場にいてはいけないんじゃないかしら。考え込む範子さんの顔からイキイキとした表情が消えていきました。暗く沈んでいる範子さんがウツ状態だと気づいたのは、週1回登校する校医でした。浅沼さん、死にたくなることはないですか。

    ウツ状態がどの程度深刻か、確認したのでしょう。
    「とんでもない90歳近い母がいますから、母より先に死ぬわけにはいきません」
    その答えを聞いて、校医は少し安心したような表情をみせて、軽い安定剤を渡してくれました。
    むと少し眠れるようになって、その分だけ身体が少し楽に。それでも精神科の薬には抵抗があり、の悪いときにだけ飲むようにしました。
    安定剤を飲よほど調子症状がいちばんひどかったのは5152歳の頃。友人がガンで亡くなったショックも気分を落ち込ませた原因のひとつです。また、職場では学校改革をめぐって職員同士派閥の対立が表面化し、人間関係がギスギスしていたのもストレスになっていました。学校へ行くのがつらくてしょうがない。それでも無遅刻無欠勤できたのだから、仕事は決して休むまいと、往復タクシーを使ってでも出勤したところに範子さんの生真面目さがのぞきます。平日、かなり無理をしていたその反動なのか、週末になるときまって熱が出て下痢が続きました。
    自宅で横になっていると、この先どうなっていくのだろうと不安でいっぱい。食欲もなく食事をとれません職場以外では人と会うのが怖く、アパートで住人とすれ違っただけでドキドキしました。

     

    細胞の働きが抑制されなく

    初めての経験でした無理をおして出勤していたのがよくなかったのでしょう。その年の夏休みは休みに入ったとたんに床についてしまいました安定剤を1日3回飲んでひたすら眠り、水分は牛乳で補給し、あとはお腹がすいたときに冷蔵庫にあるものを少し口にする程度。だれにも会いたくない、なにもしたくない、だいいち体がいうことをききませんでした。
    最悪でした。
    それでも、夏休み中休養を十分にとったのが奏功したのか、9月に学校が始まる頃にはだいぶ元気になってました範子さんにとって救いだったのは、校長が理解を示してくれたことでした20年間無遅刻無欠勤で勤務し仕事はきちんとこなし、滞ることがなかっただけに、仕事を怠けているとはみなしませんでした。範子さんが大変申し訳ないのですが、どうしても具合が悪いときには保健室でベッドによりかかって、座ってもいいでしょうかと申し出ると、快く許可し、無理しないように
    と気遣いをみせてくれましたそして、もうひとり数年後に範子さんの伴侶となる数学の教師が、見かねて仕事を手伝ってくれたり、不安や眠れない辛さを聞いてくれたのが大きな救いでした。
    また範子さんは少しでも気分のいいときは、美術館へ行くなど外出をつとめてこころがけたのもよかったようです。といっても、ひとりではとても出掛ける気力はなく、友人に連れだしてもらうという状態でしたが。
    「自分はウツ病なのかしらと疑っていました。でも本当のウツ病とまでは思えなくて、更年期なのかなと漠然と考えていました」
    そんな矢先、退職を決意させる出来事が起きました。春の身体検査の準備に入ったときです。養護教諭の範子さんが先頭にたって指揮をしなければならない立場です。ところが、もう20年近く毎年のように繰り返してきた仕事なのに、いつものように段取りよくてきぱきと進められません。
    身長、体重、レントゲン、聴診、検査場に振り分け、係の生徒をそれぞれの持ち場に配置してはずなのに、なぜか全体をきちんと把握できているという自信をもてないのです。
    治療法を選ぶうえ

    老化が進むというもの。

    ようやくなんとかその日を終えたときには身体はくたくた、精神的には「私はなんてだめなんだろう」とすっかり自信喪失していました「自分は経験もありベテランにもかかわらず、先頭に立ってやらなければならない仕事の責任が今までのように果たせないのだから、もう職場にはいられないと思いました」
    の項目ごとに会場を決め、外から来校する6人のドクターを各会細かい指示をしていくのですが、慣れた仕事のこの出来事を機に、それまでがんばり続けてきた糸がプツンと切れてしまったのか、範子さんはその後、文部科学省が関係した大きな仕事を断ってしまいます。
    体調の悪さはとうてい理解してもらいようもなく、ただ、無責任でわがままな教諭としかみなされていないにちがいないと思うと、一刻も早く職場を去るしかないと決意を新たにしていました「今振り返ると『あれはなんだったのだろう』と思うのですが、あのときは身体も頭もまったくいうことをきいてくれないのですから、どうしようもありませんでしたね」
    「よくなるものがあるのなら何でもやりたい」
    範子さんが回復のきっかけをつかんだのは、春の身体検査から2か月後、親しい友人のアドバイスでした「漢方薬で更年期障害の治療をしている先生がいるから、一度診てもらったらどうお」
    紹介されたのは東京医科歯科大学産婦人科助教授だった小山嵩夫医師です。
    当時、小山医師は大学の付属病院で更年期障害の患者さんを一手に引き受けて、治療にあたっていました(現在は東京銀座で小山嵩夫クリニックを開業)。
    小山医師が更年期医療に本格的に取り組むようになったのは83年。研究発表でたびたび米国にでかけていったところ、米国の医学者から「日本も高齢化社会に向かって老齢化の分野にも力をいれなければ」と助言されたのがきっかけでした。更年期以降の女性が元気で生きるための医学、いわゆるメノポーズの領域の医学にっいては当時から米国では多額の研究予算が出ているとも聞かされていました。
    いっぽう日本では、更年期医療の分野は学問的にもほとんど研究が進まず、臨床的にも対症療法や男女混合ホルモンの注射、あるいは漢方薬を使うといった旧態依然とした治療が行われていました小山医師はまだ日本では未開拓分野のホルモン補充療法略してHRTの試みを始めていました。

    薬をのまざるを得ない状況に追いやられるわけです。

    いまでこそHRTについて知識を持つ更年期女性は多くなりましたが、その頃はほとんど知られていません。また大学病院の外来のあわただしい診療時間内にHRTについて説明するのは限界がありました。そのため、患者さんの中にはHRTが効果がありそうだと判断して試みたものの、出血などの副作用に驚いて、12回通院したあとはばったり姿を見せないといったことが続いていましたHRTについてはまだまだ臨床例が少なく、試行錯誤が続くといった状況のなか、範子さんは小山医師の診察を受けました。診察前、範子さんはあらかじめ渡された「簡略更年期指数SMI参照に記入してみると100点満点で、精密検査と長期間の治療が必要との評価でした漢方薬などの治療を始めて1か月余りが過ぎたころ、小山医師が範子さんに勧めたのがHRTでした「浅沼さん、いちどホルモン補充療法を試してみませんか。血液検査でもエストロゲンはゼロに近い状態です。し、試してみる価値はあると思いますよ」
    子宮はすでに摘出していたので、子宮体ガンの心配もないと言われました「ちょうどアメリカに住んでいた友人がHRTを知っていて、アメリカでは受けている女性が多いという話を聞かせてくれて、やってみようかなと決心がついたのです。
    それによくなるものがあるのなら何でもやりたいという心境でした」
    と範子さんは打ち明けます。
    職場にもどって校医にHRTの話をすると、60代半ばの内科医師は一言告げましたホルモンは怖いよ
    しかし、範子さんは元気になれるのだったら、ところです。たとえ寿命が縮んだとしても試してみたいというのが正直な範子さんの場合、HRTを始めて4週目くらいから効き目が現れ始めました。肩凝りがうそのように消え手足の冷えが改善されて、体が軽くなっていくような感じがしました。よく眠れるようになり、食欲も出てきたせいか、体力が徐々についてきたのでしょう。朝起きて仕事にでかけるのがおっくうじゃないと感じるのは何年ぶりかの気分でした。身体症状もみるみる回復しました。ただ、ひどい物忘れや一度失った仕事への自信を取り戻すには、まだしばらく時間が必要でした。

    治療法を組み合わせることも可能です

    細胞が食べられるときに炎症反応が起つまりとSOSを出す。その後、範子さんは更年期の嵐の直中にいたときに支えとなってくれた同僚から、結婚を申し込まれたのを機会に職場を去り、まもなく結婚しました。範子さんは56歳の初婚、夫となった真一さんは凄を亡くして5年たっていました。
    ところで、範子さんは症状が改善されたいまもHRTを続けているといいます。ずっと続けているのはアルツハイマーの予防が主な目的です。最近、学生時代の友人たちに会って驚いたのは、飲んでいる薬の多さ。降圧剤やコレステロールを下げる薬やら。私はエストロゲンだけでとても元気に過ごしていることを知って、改めてHRTに出会ってよかったと思いました。
    健康維持に加えて、半年に1回血液や骨量検査、乳ガン検診が義務づけられているので、行き届いた健康管理ができていて安心です。小柄でふっくらとした肉付きの範子さんは、つらく厳しかった更年期の体験を語りながらも、取材の2時間あまり終始穏やかな表情を崩すことはありませんでした。そんな様子から、50歳を過ぎて良き伴侶に恵まれた範子さんの、心身ともに安定した現在の幸せな生活がうかがわれるようでした【体験症例②】「こんなに外見にこだわると気づいた時に……」
    身体的な衰えのなかでも、容色の衰えは女性にとって大きな意味を持ち、強烈な自分への否定につながりかねません。もう2度と取り戻せない若い頃の美貌とスリムな肉体。今鏡に映る身体の否定的なイメージをどう受け止め、これから先をどのように肯定的に生きていったらいいのかここで紹介する石田恭子さん仮名·55歳は少なくないのではないでしょうか。


    細胞が食べられるときに炎症反応が起つまりとSOSを出す。 医師による 認知症の患者さんの多く

    認知症を引き起こすというわけです。

    検査を受けておくのがよいのです

    祭りや儀式などの習慣はあるのですが、なぜこれをやるのかと尋ねても、昔からやっているからとの答えが返ってくるだけなのです。
    アイヌの人たちにも文字はありません。彼らは獲得した知識を口伝えで継承しなければなりません。そこで記憶力のいい人が選ばれて、それらを頭に叩き込んで子孫に伝承するわけです。そういう人が長老と呼ばれる人なのでしょうインディオもアイヌの人たちも、耕作をしない狩猟民族ですが、文字を必要としないのはそのこととも関係しているようです。農耕生活を成功させるためには、過去の天候や収穫高などの先例に照らし合わせて、つねに工夫を凝らすことが必須です。そのため、それら過去の経験や知識を記録するための文字が必然的に発明されると考えられます。収穫物を蓄えるようになれば、富の格差も生じ、また取引するための貨幣も生み出されるはずです。
    文字もなく貨幣もない先住民たちの世界を、ただ単に進歩がない、文明がないと蔑むのはたやすいことでしかし、彼らは貧富の差もなく、心身に負担をかけない、無理のない生活を送っています。疲れると狩猟には行かず、何日間も食べないでいるそうで、お腹が空かないのかと聞くと、「食べなくてもいい。いまは寝るほうが大切だ」と答えるそうです。
    楽しければ笑い悲しければ泣き、腹が立てば怒るという具合に感情表現は豊かですが、とか寂しいなどといった、ややこしい概念は存在しません。過去を引きずって後悔したり、ともないのだそうです。過去を気にしないので、だれも自分の年齢を正確に知りません幸せだとか不幸だ未来を思い悩むこ病気といっても、私たちの生活習慣病である血管障害などはほとんどないようです。
    もちろん感染症などで幼児死亡率は高いでしょうし、蛇や獣に噛まれたりして早死にする人もいるので、平均寿命は日本人より低いでしょうが、成人に達した人はかなり長生きで、百歳以上ではないかと思われる人もたくさんいるという話で現代人が失ったカンの大切さ南さんと話していて感じたのは、彼らインディオの人たちは、私たち日本人が失ってしまった人間本来のカのよさをいまだにもっていて、大自然のなかでのびのびと生きているということです。
    認知症の患者さんの多く

    お話ししたように文字がないことが、記憶力や感性を磨くうえで大きいのかもしれません。彼らははるか遠くまで見渡す視力を保持していて、裏山で鳴いている動物の種類やそこまでの距離、あるいは、その動物が襲ってくる気配があるかなどにも、とても敏感だというのです。
    そうした感性は、もともと人間はみなもっていたのでしょうが、私たち日本人はいつの間にか失ってしまいましたテレビやパソコンを前に座っているだけで、瞬時にして世界中のさまざまな情報を手に入れられる便利さを享受する代わことで知識の共有が可能になりましたが、反面、知識に頼りすぎることの弊害もあります。それでも、自分の体験より過去の知識をありがたがる傾向は強くなっています。自分の目でじかに見て、触れて、感じるといった体験が少なくなりました。
    文字ができたいまの医者の多くも、医学の知識にがんじがらめになって、カンを鈍らせる一方です。
    目の前にある病気を机上で学んだ酉洋医学の領域でしかとらえられないのです。自分のもっている知識から予測できないことはその可能性すら考えようとしません。視野が狭く、活字で学んだことにしがみついているので、「なぜそんなことが起こったのか?」と好奇心をもって、さまざまな角度から複合的に考えたりしないのです。
    ですから末期がんの患者さんが、温熱療法やサプリメントでがんが退縮して治ったという実例を聞いてもこれまでの知識の範囲内では理解できないので、それは偶然にすぎないと考えてしまいます。「そんなことはありえない」と怒り出したりするのです。そして、「そんな勝手な治療法を試みる患者はもう診られない」と放り出します。

    治療の根本にかかわる問題

    • 治療を受ける。
    • 薬を長期に使用して
    • 薬の影響は皆無とはいえ統合失調症の人


    うつ病の原因として


    細胞レベルでもそういう入れ替わりが行われているよう

    彼らが怒るのは、自分の知識ではわからないことに不安を感じるからです。学校の勉強ができなければ入れない医学部を卒業した彼らは、自分が優秀だと自信過剰になって、自分至上主義、権威主義に陥りやすいのでしょう。しかし、医者は生きた人間、病気で悩んでいる生身の人と相対するのが仕事です。そんな頑固な頭や対応では、人の心に届く医療などできるはずもありません医者も含めて私たちは、人間が本来もっている生きる力、感性を失っているのかもしれません。
    だの声を素直に聞いて、本来の生きる力を取り戻さなくてはならないのではないでしょうかもっとから生きるために必要なものは多すぎても少なすぎてもよくない私たち人間が生きていくうえで最低限どうしても必要なものとは何なのでしょうか。酸素、温度、水、塩分このようにあげてみて、おもしろいことに気づいたのですが、人間に必要なこれらのものは共光、重力通して、多すぎても少なすぎても死を招くのです。酸素が少なければもちろん死にます。多すぎると、体内に活性酸素が発生しすぎて組織を壊し、死にいたらしめます。温度が高すぎても低すぎても危険です。これらについては、ちょっと考えてみればおわかりになるでしょう。
    それでは、水はどうでしょうか。からだの六0パーセントは水分ですから、水が大切なことはいうまでもぁりません。水分が少ないと、活発に活動して汗をかくと脱水状態になり、血液が濃縮されて脳梗塞などになる危険性があります。
    ですからいまは、水分をたくさんとったほうがいいとよくいわれ、大量に水を飲む健康法もあるくらいです。それによって老廃物も尿を通じて外に出されます。いつも水分を多く体内に抱え込むので、それを処理するために腎臓に負担がかかります。
    からだに水がたまり、むくみや冷えを起こします。
    処理しきしかし、れないと、逆に、あまり水を飲まない健康法もあります。水を飲むと胃液が薄まり、消化酵素や胃の酸度が落ちるので食べたあとは水を飲まないほうがいいというわけです。南方の戦地に行った人たちがマラリアやコレラなどにかからずに生き残れたのは、実際、水を飲まなかったからです。しかし、どちらにも一長一短はあります。塩、ミネラルもからだに必要なものです。人のからだの水分は塩分を含んでいます。
    治療ではありません。

    認知症の患者さんと話すのに昔の話ができない

    細胞によってその性質はすこし違いますが、生理機能に重要なはたらきをもっており、からだの塩分濃度は一定に保たれています。塩分がないと生命を維持することができません。
    しかし、塩分過多は高血圧、腎臓病、心臓病などの原因になります。戦後、それまで日本人は塩分をとりす。ぎたといって減塩運動が起きました。ことに東北地方は脳卒中が多かったので、減塩運動が非常に盛んになりましたが、なかでも青森では「果物をたくさん食べましょう」とリンゴを奨励したのです。その結果、昔はいなかった冷え性の人が非常にふえたといいます。その人たちの共通点が、塩を控えめにしてリンゴをたくさん食べることだと指摘する医師もいます。とりすぎを恐れて極端に塩分を制限しすぎると、今度は塩分不足のために昏睡状態となることもあります。
    炎天下で汗をかいたときには、水分だけでなく塩分も補わないと血中のナトリウムイオン濃度が低くなり、からだはその濃度を一定の範囲に保とうとして、さらに汗をかいたり排尿しようとするため、いっそう水分不足となって熱中症や痙攣を引き起こす場合もあります。
    いれん塩分については、頭で考えるよりも、からだの声を聞けばいいのです。たとえば食べ物に醤油をかけたいと直感的に思ったときには、からだが塩分を欲している証拠です。しかし、そばのつゆなどを残さずに飲んであとで喉が渇いて水を何杯飲んでも飲み足りないというのでは、塩分のとりすぎです。塩分を水で希釈することを要求する、からだの声そのものなのです。
    心が病むのは太陽の光を浴びなさすぎるから最近は紫外線の害が話題になっています。紫外線に当たりすぎるのは危険ですが、かといって太陽の光を浴びないのも問題です。ひと昔前は、子どもは夏の日射しをたっぷり浴びて真っ黒になるのが健康的だといわれたものですが、それでいて、皮膚がんがそれほど多かったという話は聞きませんシミそばかすの原因にもな膚の老化を促進します。常識海水浴で何時間も太陽に当たることが危険なのはわかりまたしかに紫外線は皮膚がんを誘発しますし、的に考えても、ですから、真夏に日射しの強いところに出て、女性が神経質になるのもわからなくはありません。


    免疫力も高くなっているといえます。

    神経炎のために運動障害や知覚障害を起こしたりするほ

    す。
    しかし、それも程度問題なのです。最近では、脳内セロトニン神経の活性化のためには、朝三十分程度、太陽の光を浴びる必要があるという東邦大学の有田秀穂先生による研究もあります。脳内のセロトニンが不足すると、うつ状態になったり、キレやすくなったりするというのです。ひきこもり、うつ、あるいはキレて暴力行動を起こす人がふえたのはつには脳内セロトニン神経が弱っているからという見方です。家にひきこもれば、当然、外の光を浴びないので、セロトニン神経はますます弱ります。自律神経から見ても、太陽の光に当たらないと、ひ弱になります。ひきこもって日射しを浴びることがほとんどないと副交感神経優位に偏りすぎて、過敏で傷つきやすくなります。
    いっそうひきこもりがちになり、悪循環です。自殺に走る子どもは、外で遊ばない傷つきやすいタイプが多いのです。そういう子どもはリンパ球の割合が過多で、おとなしくて色白で、いろいろな刺激に過敏で傷つきやすいのです。ここからも、太陽の光が人間にとって重要なことがわかります。もちろん浴びすぎは危険ですが、いまはUVカット用品など紫外線の害を防ぐものがいろいろとありますかすぐにその知識だけに頼ろうとするのはら、それらを活用すればいいのです。紫外線が悪いといわれれば、からだの声を素直に聞いていることになりません。
    ところで私たちは、運動したり動きまわって、重力に逆らって生きています。逆らいすぎると疲労しますしまったく逆らうことなくじっと動かないでいると、歩けなくなり、しまいには寝たきりになってしまいます。
    埼玉の看護大学で認知症を引き起こす原因を聞く。


    老化だといえよう。

    適度な重力にさらされることで、私たちは健康を保っているのです。ですから、運動がからだにいいといっても、元気な子どもや若いうちならいざ知らず、中高年になってスポーツをやりすぎると、かえってからだを壊してしまいます。七十歳前後の男性が「慢性骨髄性白血病になった」と私の講演を聞きにきたことがあります。骨髄のがんは骨に負担がかかって骨髄が刺激された結果起こる病気です。「立ち仕事など無理が重なったのですか?」と聞くと、「定年になって十年も経つし、つらいことはしていない」といいます。そこで「何か運動をしていないですか?」と尋ねたところ、その人は縄跳びが趣味で、毎日何百回とやってきたというのです。それでは、骨に過度な負担がかかります。この人の場合には、重力に逆らいすぎたことが原因で病気になったと考えられるのです。おっくうかといって、運動をしなさすぎても、今度は重力への対応ができなくなり、なってしまいます。それが進めば無気力なボケの世界へとまっしぐらです。
    ひ弱になって歩くのも億劫に食を考えてみましょう。かつて、終戦直後の六十年前は日本中が食べることに困り、栄養失調で病気になって多くの人が亡くなりました。いまは食べるものは豊富ですが、食べすぎ、栄養のとりすぎがさまざまな病気を引き起こしているのが現代です。
    セックスレスが最近、問題になっていますが、肥料をやりすぎると花が咲かなくなる植物と同じで、人間も豊かになると子孫を残す使命を忘れるのでしょうか。とはいえ、飢えてひもじいとなったら、食べるほうが先決ですから、セックスなど後回しになります。セックスは、ある程度は満ち足りた世界でないとできないものでしょうが、満ちたりすぎても、欲望が違う方向に向いてセックスレスになるのかもしれません。
    このように、人間が生きるうえで必要なものが欠乏すると問題ですが、過多になっても問題が生じます。どちらに偏ってもよくないのです。それを判断するためには、自分のからだの声にもっと耳を傾けることです。
    七十歳までは仕事をしたほうが健康にいいいま、日本人の平均寿命は男性七九.00歳、女性八五.八一歳(厚生労働省の二00六年簡易生命表
    による)で、二○○六年は過去最高を更新しました。男性の二〇·六パーセント、女性の四三.九パーセントが九十歳まで生きる計算になります。
    そうなると、これからは定年後をいかに健康的に生きるかが問題になります。